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インタビュー

Jリーガーからインドリーグへ。"海外組"の挑戦

公開:2011年8月14日 更新:2011年8月31日

■「インドリーグでは、練習がストレス発散だったかもしれません」

――市原選手は、2010年にアルビレックス新潟シンガポールで1年プレーされていますが、海外でプレーする大変さは、どのように感じていますか?

「正直なところ、家族や友だちと離れるのが嫌で、あまり気が進まなかったんです。本当にギリギリまで、シンガポールに行くことをためらっていました。決断するまでは、すごく悩みましたが、所属チームが決まらない、という状態も考えられず決断。それから1週間くらいでシンガポールに行ったのですが、準備などもあり、あっという間に出発を迎えることになり、バタバタしていましたね」

――シンガポールで、最初に戸惑ったことは?

「周りは日本人ばかりだったので、戸惑うようなことはなかったのですが、軽いホームシックにかかり、最初の1週間ぐらいは『帰りたい』という言葉を連発していました。毎日両親に電話をしていたのですが、あまりに電話をしすぎたために、すぐに(電話料金の)上限金額を超えて、電話が止まってしまいました(笑)」

――シンガポールのサッカーは、いかがでしたか?

「そんなにレベルは高くありませんが、チームでは1年間キャプテンを務め、いろいろなことを経験させていただきました。それまで中学・高校でも、主将は経験していましたが、キャプテンらしいキャプテンではなかったし、自覚もなかったんです。でも、シンガポールでは、キャプテンとして、やるべきことが多かったですし、自分自身、積極的に取り組もうと、チームにいろいろな提案もしました」

――シンガポールは英語が使われていますが、言葉の面で不自由することはありませんでしたか?

「周りに英語ができる人がいましたし、なんとなく日本語も通じたので、シンガポール時代は、全く英語の勉強をしませんでした。一応、英語の本なども持って行ったのですが、全く開きませんでしたね(苦笑)」

――そして2011年3月からはインドリーグ2部のユナイテッド・シッキムでプレーすることになりました。

「契約する前に、1週間ほどインドに行ったのですが、正直、ここで生活するのは無理だろうと思いましたね。実際に契約してから、インドにいた3カ月間で、4度お腹を壊しました。インドでは(宗教的な問題から)牛肉、(衛生的な問題から)生野菜、水はダメだから気をつけるようにと、いわれていたのですが、気をつけていても難しかったでしたね」

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