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インタビュー

2011年8月13日

Jリーガーからインドリーグへ。第2のプロ生活

■ジェフ千葉からシンガポール、そしてインドへ。市原充喜選手の戦いに迫る

今回の人物伝は、インドリーグで戦う市原充喜選手が登場します。Jリーグから、アジアへ移ったサッカー人生の道のり。その中で、家族の大事さ、語学の重要さを実感していると語ってくれた市原選手。第1回目は、幼少期のお話に迫ります。

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■「父が来てくれたサッカースクールの送り迎え。いいプレーができないと、よく怒られていたので憂鬱でした(笑)」

――市原選手が幼い頃はどんな子どもでしたか?

「5つ上に兄がいるのですが、学校から帰ってくると、いつも兄や父と一緒にサッカーをしていましたね。父が僕に野球をやらせたかったらしく、小学1年生でサッカースクールに入るまでは、サッカーだけではなく野球もしていました」

――当時のことは覚えていますか?

「小学生の時に入っていたサッカースクールの練習は土日のみだったのですが、その送り迎えを父がしてくれていたんです。練習で得点を決めたり、活躍したときは褒めてくれるのですが、いいプレーができなかったときはよく怒られていたので、送り迎えの車の中がとても憂鬱でした(笑)。スクールのない平日は兄と一緒にサッカーをしていましたが、よくケンカしていましたね。やっぱり勝負ごとになると、どうしてもムキになってしまって......」

――お兄さんとは5歳の年齢差だそうですが、それは大きいですよね?

「もちろん、体格差はありましたが、全く気にしていませんでした。とにかくいつも『勝てるだろう』という自信がありました。負けず嫌いな性格も関係していたのかもしれません。父からもよく『チームの中で一番になれ』とか『なんでも一番になれ』といわれていたと思います」

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