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楽しまなければ勝てない~世界と闘う“こころ”のつくりかた

「敵がきたら......」と子どもが言う。相手を敵と表現するコーチの"危うさ"とは

公開:2019年11月15日 更新:2019年12月 2日

キーワード:コーチスポーツマンシップノーサイド勝利至上主義対戦相手指導者熱血コーチ

サッカークラブや各種スポーツ団体を対象に「スポーツマンのこころ」と銘打つ講義で、一流アスリートになるための心得を伝え続ける岐阜協立大学経営学部教授の高橋正紀先生。ドイツ・ケルン体育大学留学時代から十数年かけ、独自のメソッドを構築してきました。

聴講者はすでに5万人超。その多くが、成長するために必要なメンタルの本質を理解したと実感しています。

高橋先生はまた、「スポーツマンのこころ」の効果を数値化し証明したスポーツ精神医学の論文で医学博士号を取得しています。いわば、医学の世界で証明された、世界と戦える「こころの育成法」なのです。

日本では今、「サッカーを楽しませてと言われるが、それだけで強くなるのか」と不安を覚えたり、「サッカーは教えられるが、精神的な部分を育てるのが難しい」と悩む指導者は少なくありません。

根性論が通用しなくなった時代、子どもたちの「こころの成長ベクトル」をどこへ、どのように伸ばすか。「こころを育てる」たくさんのヒントがここにあります。
(監修/高橋正紀 構成・文/「スポーツマンのこころ推進委員会」)

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(写真は少年サッカーのイメージです)

 

■対戦相手は「敵」なのか

この連載を手伝ってくれているライターさんは元スポーツ紙記者。実は私の大学時代の同級生なのですが、彼女が私を岐阜まで訪ねてくれた際にお互い初めて知りました。
「学籍番号何番ですか?」
「えっと、811......」
81は大学に入った年度。次の1は、私たちの学部番号でした。そんな確認をしてから一緒に仕事を始めました。

その彼女が、とある地方に少年サッカーの試合を取材に行った際、子どもたちが対戦相手を「敵」と表現していることに気づきました。
「敵がこう攻めてきたら、こう守って」
熱心に話し合いをするのはいいのですが、小学生がつくった円陣に、敵、敵、と何度も出てきます。最後には「敵をぶっつぶそうぜ!」「おおおーっ!」と肩を組んでコートに散ったそうです。
よく見ていたら、ベンチのコーチも、相手選手を「敵」と呼んでいました。

高橋先生、フェアプレーやインテグリティが叫ばれる時代に、どうして敵なんていうおどろおどろしい表現をされるのでしょうか? と聞かれたので

「90年代のサッカーの教本に、ドイツ語で英語で言うところの"オポーネント"という単語が使われているんだけど、そこで"敵"と翻訳されているんだよね。当時から変わっていないのかなあ。マスコミの人のように、言葉のプロでない人たちは、敵って言ってしまうのかもしれませんね」
そんなふうに答えました。

ところが、ごく最近放送されたバスケットボールの国際大会で、実況していたアナウンサーも「敵」と連呼していたというのです。

一方で、彼女はスポーツ新聞で記者を始めた90年前後に、すでにデスクから注意をうけていたと言います。

「原稿のなかで、"敵"と表現しないように。スポーツは戦争ではないから。相手とか、相手チーム、相手選手、と書くように」

そこから30年。敵と表現したことは一度もない。それなのに、いまごろになってスポーツシーンで「敵」と呼んでも、誰も何も言わなくなった。そのことを嘆いていました。

 

■他国では「ONE FOR ALL,ALL FOR ONE」はかなり古い表現

メディアの関係者やコーチたちは、もっと敏感にならなくてはいけません。敵という呼び方は、新聞社のデスクがいみじくも言ったように「戦争」を想起させます。スポーツは、明らかに戦争ではありません。命を奪い合わないし、何より相手がいるから試合ができる。互いにスリリングで楽しい時間を過ごすための仲間なのです。

それなのに日本のスポーツ界は、長らく「勝つことのみが善」という考え方に縛られてきました。よって、勝ち続ければ注目されますが、負けるとバッシングされます。

先ごろ閉幕したラグビーのW杯は、日本中を感動の渦に巻き込みました。それはラグビーの激しさやスピーディーな展開という競技の面白さに魅せられるからでしょう。

そしてそれに加え、試合が終わったら互いの健闘を称え合う「ノーサイドの精神」「ONE FOR ALL,ALL FOR ONE」といわれるチームワークの素晴らしさ共感が集まったと考えます。

ただし、他国では実はノーサイドはここまで強調されていません。「ONE FOR ALL,ALL FOR ONE」にいたっては、半世紀前になされていた表現です。そんなことをわざわざ言わなくても、それぞれの国のスポーツシーンや教育、生活の場で、互いに勝敗に寛容であり、尊重しあうことは当然の文化なのです。

つまり、日本のスポーツでノーサイドの精神が「珍しかった」から、殊更注目されたのかもしれません。ということは、日本では、スポーツが対戦相手をリスペクトするところから始まることが理解されていない。

スポーツはゲームであり、非日常の世界。そこで互いに限界に挑戦し、勝ち負けを楽しみながら切磋琢磨し合う。それがスポーツの本質だということが広く浸透していないのです。

ぜひそのようにとらえてほしいと思います。

あとひと月ちょっとで2019年が終わり、オリンピック・パラリンピックイヤーに入ります。

そのなかで、今年も、サッカーの全国王者星稜高校監督の暴力、Jリーグ湘南ベルマーレ監督のパワハラなど、暴力指導がいくつも明るみになりました。高校野球も同様で高野連からの処分記録は毎月新聞に並びます。日本一になった広島カープの監督までもが選手を殴っていました。

 

次ページ:「熱血」は暴力に変わる危うさをはらんでいる

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