インタビュー

2011年6月16日

『ジュニア世代の選手たちには、ぜひ、勉強とスポーツの両立を頑張ってほしいです!!』-【File2】駒野友一(ジュビロ磐田)』

駒野友一選手のサカイク人物伝。【File2】は、プロ選手への歩みを進める駒野選手とお母様との絆に迫ります。そして、現在の選手たちへ、お母さん・お父さんたちへ向けた暖かいメッセージもお届けします。

■「母は"自分のやりたいように"と応援してくれました」

――駒野選手は中学から高校に進学するときに、サンフレッチェ広島のユースチームでのプレーを選択しています。

「実は当初、和歌山県の初芝橋本高校に行くことが決まっていたんです。でもその後、サンフレッチェ広島の方に声をかけていただき、チームに加入することになりました。中学3年生の夏に父親が亡くなり、母親に負担をかけたくなかったという思いもありました。サンフレッチェ広島ユースは、Jリーグクラブの下部組織でプロに近い道だと思いました」

――その決断をしたとき、お母様からはどんな言葉をかけられました?

「母は僕が初芝橋本に行くものだと思っていたので、広島ユースに入ることを決めたと伝えたときには驚いてはいました。でも、別に反対されるわけでもなく、自分のやりたいようにやりなさいと応援してくれました」

――初めて親元を離れて寮生活を経験し、寂しいと感じることもあったのではないでしょうか。

「最初の1年は寂しかったですね。でも、母親にも友だちにも、できるだけ電話をしないようにしていました。その1年間はとにかく(ユースの)環境にも、サッカーにも慣れることに必死でしたね」

――お父様が亡くなられた後に、サッカーに対する気持ちや意識が変化しましたか?

「実は父は野球が好きで、幼い頃はよく一緒に野球をして遊んでいたんですよ。サッカー選手になるまで、野球選手になりたいと考えていたのは、恐らく父親からの影響が大きかったと思います。でも、それがいつの間にか自分はサッカー選手を目指すようになって......。だからこそ、(父親が亡くなって)より、プロ選手になろうという意識は強くなりました」

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