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アンケート

5人に1人が目撃。少年サッカーにおける体罰の実態とは?

2013年10月19日

キーワード:コミュニケーションコーチング育成自立

暴力や体罰が社会問題化する日本のスポーツ界において、日本サッカー協会は「しない、させない、許さない」をスローガンに暴力根絶に向けた取り組みをスタートしています。個別の問題に対しては対応窓口を設置し、これまでに43件(2013.10.9時点)の通報があったそうです。(日本サッカー協会「リスペクトF.C. JAPANシンポジウム ~暴力根絶に向けて~ 」
 
よく他のスポーツと比較し「サッカーはましな方だ」「サッカーの指導は進んでいる」という話を聞くことがあります。しかし、この43件は氷山の一角に過ぎません。
 
サカイクは、少年サッカー(小学生年代)の指導現場における体罰に対する意識や実態を把握することを目的に以下のアンケートを行いました。「体罰を目撃することがある」と回答した人は124名(回答者551名)。5人に1人以上という結果ですが、言葉の暴力も含めると全体の4人に1人は現在も目撃していると回答しています。
 
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これはサッカーに関わるすべての人が取り組むべき問題です。サカイクでは今後もアンケートなどでいただいた貴重なご意見も踏まえ、スポーツの現場における体罰や暴力の撲滅に取り組んでいきます。
 

 
●調査方法:インターネット
●調査時期:2013年9月17日(火)~9月27日(金)
●調査対象:全国のサカイク読者(少年サッカーに関わる保護者および指導者など)
●調査件数:551件
 
<<性別>>
・男性 : 420(76.2%)
・女性 : 131(23.8%)
 
<<属性>>
・選手の保護者 : 297(53.9%)
・保護者兼コーチ: 132(24.0%)
・コーチ    : 89(16.2%)
・その他    : 33(6.0%)
 
※アンケートにおける体罰の判断基準は以下と設定
(1)身体に対する暴力(殴る、蹴る、叩く、物で叩く、ボールをぶつける等)
(2)肉体的苦痛を与える行為(長時間の正座等)
 
※掲載コメントについて、個人やチームを特定できる回答内容は削除しています。
 

 

【アンケート回答結果】

■質問1:あなたはサッカーの指導に体罰は必要だと思いますか?

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・必要       : 12(2.2%)
・どちらとも言えない: 74(13.4%)
・全く必要ない   : 465(84.4%)
 
「体罰による抑制は子どもからサッカーの楽しさや自主自立の機会を奪ってしまう」「体罰は指導力不足によるもの」など否定派が大多数を占めたが、否定派の中にも「躾や愛のムチとは区別するべきでは?」「お互いの信頼や理解があればよい?」「体罰も程度によるのでは?」など
肯定的な意見や疑問の声も多く見られた。
また、『体罰』という言葉自体が的確ではなく、言葉などの見えない暴力も含めた「肉体的・精神的暴行あるいは虐待」、「子どもの尊厳を傷つける行為」と解釈すべきとの指摘もあった。
 
 
『質問1』の回答理由の一覧はこちら>>
-「必要」と回答した理由>>
-「どちらとも言えない」と回答した理由>>
-「全く必要ない」と回答した理由>>
 
 

■質問2:現在、あなたはお子様のサッカーの活動現場で指導者による体罰を目撃することはありますか?

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・ある : 124(22.5%)
・ない : 427(77.5%)
 
 

■「ある」と回答された方は、具体的にどのような体罰を目撃されたか教えてください。

q3.png
・素手で殴る(叩く) : 75(60.5%)
・もので殴る(叩く) : 30(24.2%)
・蹴る        : 43(34.7%)
・突き飛ばす     : 51(41.1%)
・ボールをぶつける  : 40(32.3%)
・その他       : 26(21.0%)
※その他:「腕をつかんで思いっきり引っ張る」、「耳を引っ張る」、「身体にのっかる」、「長時間の罰走」、「罰による腕立て伏せ」、「長時間の正座」、「夏場炎天下に水分補給なしでで長時間立たせる」、「ゴールキーパーに練習と称して大人でも怯むような弾丸シュートを浴びせまくる」など
 
全体の2割以上が目撃していると回答。なお、今回のアンケートでは定義していなかった「言葉や態度による見えない暴力」については上記とは別に35件の意見をいただいた。その内容は主に「怒鳴る」、「汚い罵声」、「人格否定的な暴言」、「威圧的な態度」、「脅し」など。中には「全員の前で罵倒し、上半身裸にさせて歌を歌わせる」というものも。
 
 
サカイクに対していただいたコメントの一覧はこちら>>
 

 

■質問1に対して「なぜそう思ったか?」回答理由の一覧

<<「必要」と回答>>

●行き過ぎた体罰は不要。ただ体罰の定義が余りにも不明確であるにもかかわらず、体罰=悪という風潮はどうかと思う。きれいごとかもしれないが、愛のあるビンタで目が覚めるなら必要なときもあるのは間違いない。ただ、質問が小学生年代に限っているので、軽いゲンコツや軽い蹴り程度なら有りかなと。
●私は、スポーツを真剣にやってきました。その際に、本当に多くの指導者の方々にお世話になりました。現在世間で騒がれている体罰が何を持って体罰というのか正直、私には理解ができません。TVでニュース画像をみました。あれは、体罰なのでしょうか?正直疑問です。叩くことが体罰ですか?何も理由なく叩くのであれば暴力以外の何者でもない。体罰とは別の問題。我々のときは、自分にも非があり叩かれていました。確かにそのときはムカつきましたが、必ずそこから負けないようにがんばりました。それが精神的な強さ生んでいました。経験者としての意見です。科学的にどうだこうだの問題ではない。まして、子供のときに全てを理解し、行動できるなんてまずない。大人でもそうなので。ただ、叩く等の理由や限度を指導者は考える必要性を感じます。
●真剣にサッカーに取り組んでいる子供の邪魔になるような、ふざけた子供には必要だと思う。(排除するのが妥当ではあるが)
●TV等で流れているような暴力ではなく、悪いことを正すための最低限は必要と思う。
●規律を守るため必要であれば、目的意識を再確認させるため
●何度言ってもわからない時には愛の鞭は必要だと思います。よくなって欲しくての愛の鞭は子供に伝わります。実際私も主人も運動部だったので、経験者ですが指導者によって、自分の事を考えてくれているな。とか、タダの虫の居所が悪かったんだな。とかわかりました。
●躾が体罰と言われるなら必要ではないかと思う。言葉だけで躾けられたという良い例を知らないので。最近の若い指導者は躾けているとハイになってしまい、マインドコントロール出来てないと感じる。躾をするには躾ける側に大きな余裕がなければならない。後、躾けられる側との信頼関係が一番大事!
●親子と指導者の同じ意識で、しっかりしたコミュニケーションがある場合。そして感情じゃなく愛情を持ってする体罰は必要かなと思います。
 
 

<<「どちらとも言えない」と回答>>

●子供は、あまやかすとつけあがる為、ある程度の罰は必要だと考えます。どうせ罰を与えるのならば、子供達の為になる事を考えています。しかし、殴る蹴るの暴力は、全く必要ないです!長時間の正座なども意味がないと考えます。
●体罰の定義と、サッカーの指導の範囲が曖昧であると思うため。私は高校サッカーで、県内でも有数の強豪校に所属していたが、例えば選手が道徳的に許されないことやスポーツマンシップに反することをすれば、コーチが選手をなぐるところを見てきたし、そういったものは体罰とはいうべきではないと思う。しかしプレーが上手くいかないなどの理由をもってして選手を蹴ったり殴ったりするのは決してあってはならないし、現代サッカーにおいてあまりにも後進的な指導方法であると思う。
●忘れ物や危険な遊び、迷惑行為など、本人も周りにも迷惑や危険を及ぼす事を、言葉で説明しても理解できない年齢や性格の子には、過度でなければ、有りだと思います。  
●指導者が選手に気持ちを伝えるのに必要な「時」「年齢」が有ると思いますが、必要な事もあるとおもいます。
●感情ではなく、サッカーの失敗ではなく、物事の良し悪しの判断で繰り返しルールを無視したりする行為があった時。戦う気持ちを促す際に叱る行為とは別に叩くことある。しかしお互い笑顔で理解しあっている時。
● 言葉で伝えることが最良か?答えはおそらくNOである、しかし、指導者は手を出したらそれで終わりだと『覚悟』をして臨むべきであると思う。狡猾になってきた子供たちをしゃきっとさせるにはこの『覚悟』を持って臨むことが大切ではある。少なくとも狡猾な子どもたちはその『覚悟』を敏感に感じている。これは恐怖による統率であろうか?違う、指導者の心の強さが足りないから殴らなくてはいけない事が起きるのである。巷で叫ばれている体罰反対は現場を知らない方々の戯言であるとも言えないか?本当に悪さをした子供を正すにはどうすればいいのか?その答えを知っているものはいない。
●コーチが感情的になって体罰を行うことは絶対やってはいけない事だと思います。しかし、子供(選手)がなぜたたかれた(体罰)のか理解できれば、その時は必要ではないでしょうか?
●程度問題。時間を優先するなら、ある程度の強制力は必要。
●体罰を行う上では必ず理由や経緯があるはずだから。なぜ受けたのかを受けた側も考えなくてはならない。
●ないに越したことはないが、個人ないしチームに緊張感を与えられる気もします…が、やはり跡が残るほどの平手打ちやケガをさせてしまうほどの暴力行為は絶対に許されないと思います。
●基本はNGだと思うが、子供の性格も考慮しなくてはいけない。子供も千差万別。多少の体罰が良い方向へ変わるきっかけにもなる。ただし、体罰が悪い方向へ行く可能性が高い。子供の性格の見極めが重要。
●頭を手の平で叩く等、痛みを目的としない行為で、そこに愛や願いがあるのであれば必要。体罰(比較的酷い物)と同じ位、過保護も悪だと思う。
●ペナルティは必要だと思います。ただ、体罰とペナルティの境が人それぞれなので...
●殴る、蹴る等はもってのほかだが、正座や罰走は練習の罰ゲームで採択することもあるため、基準がはっきりしない。
●必要な場合もあるのでは
●指導者側からですが、どこまでが体罰か判断しにくい。言葉でも体罰であれば注意ができなくなる。親の感じ方で変わるのであれば、褒めるしかなくなる。褒めるだけが指導ではないのでは?
●場合によりけりでは有りますが、行き過ぎ、感情に任せての体罰ではなければ
●どこまでを体罰というか、一人一人考え方感じ方が違うので、とても難しい問題。いいのか悪いのかわかりません。とても寒い日にピステ着てたかな?。ずっと立たされていた子がいました。一見体罰には見えませんが、私には体罰に見えました。寒がりなので。男性コーチからしたら、寒さを感じない?かも。きっと反省しろ!しばらく立っていろ!なのかも
●体罰の判断基準の内、「(1)身体に対する暴力」は厳禁だと思います。暴力は子供に対して「恐怖」を植え付けるだけであり、指導=>理解させる、ということに繋がることはない。または理解したフリをするだけになると思います。「(2)肉体的苦痛を与える行為」というのは、どこまでいうものか判断基準としては難しいものでありますが、プレーでの失敗等に対してのものは厳禁でしょう。ただし、規律を守らない(例えば、片付けをしない、準備をさぼる等)に対するペナルティは時にはありかと思います。正座はさせたことはありませんが、別途ブラシ掛けをさせたり、怒鳴ったことはあります。如何に「その意義を理解させるのか」ということが大事だと考えます。ただ、気になるのは、技術ではなく、本来家庭で行われるべき、いわゆる”躾け”に時間を割かれている気がとてもしています。
●体罰が無くても、やる子はやるし、やらない子はやらない。体罰はなかなか自分の働きかけに答えてくれない子に対するストレス解消法ではないかな。高校生くらいになって気合を入れるために、高圧的な態度では無く、選手に対する思いが確実に感じられる状況ならあっても良いのかも。
●受け取り方次第の部分もあります。指導者と選手間に信頼関係がない状態ならばあらゆることが体罰(精神的な苦痛も含む)となりえるのが現状ではないでしょうか。
●サッカーの指導と言う名の体罰には反対です。ただ、子供達のこれからの成長過程に対しての叱るという行動は賛成です。他の選手・チームをバカにした行動をしたり、上手い事を理由に自分勝手な行動したり、用意、片付けを他人に命令してやらせたりです。叱る場合は何故自分が怒られているかを本人に理解させる事です。その過程でのゲンコツ1つぐらいはしょうが無いと思います。しかし、子供が理解出来ないまま、自分の感情を押し出して殴る行為は絶対にダメだと思います。子供を怒るのではなく叱れる指導者が理想だと思います。
●最近の子供は暴力をふるってくる奴もいるので、やむ終えない場合もあるとは思います。サッカーそのものの指導には必要ないですが。
●生徒が悪い事をしたとき愛情もって1発てをあげるなどは良いことだと思います。全く必要ないにすると、そういった行為にも体罰だとコーチが責められてしまう場合もあるかもしれないと思ったからです。最近、ニュースで取り上げられていたようなコーチのストレスのはけ口のような体罰は必要ないと思います。
● 「体罰」について広い解釈ができると思います。単にサッカーの技術を教えるだけなら体罰は必要ありません。しかし、体罰を強いてよい意味でとらえるならば、指導者と子供との間のスキンシップが生まれる、社会人になったときのため体罰を通じて社会の不合理・不条理を知る、など功罪があります。苦い思いを若い時にした人ほど、社会で長く活躍しているような気がします。 結論的には、指導者がその子どもに対してどのような思いをもって育てていこうとしているのか、もっとも大切な点で、あとは方法論だと思います。
●体罰というくくりではなく、本人の態度に明らかにチームワークを乱したり、やる気のない態度、話では解決法がどうしても見いだせず、暴力という形になることは、あるのかもしれません。サッカーに必要か、ということではないとは思います。
●場合によりけり。集団行動だし、最低限のマナーは必要だから、ある程度の体罰はありかと。ただ、行き過ぎたものも多いのは事実。難しいですよねー
●時と場合によるのかも
●不当な体罰、例えば、理由なき体罰は必要ないと思いますが、理由のある愛ある体罰は必要だと感じます。例えば、チームワークが必要な状況であるにも関わらず、自分勝手ないじめ等を行っている子供がいた場合、それがどういうことか分からせるような体罰は必要だと思います。
●なければその方がいいけれど、言っただけでは聞けないこどももいます。その解決策のひとつとして、素手で1発たたくことがあげられると思います。四六時中体罰では困りますが、ここぞの1発はあっても仕方ないかと。もちろん、その前後の対応が大切で、こどもに愛情があることが伝わらることが大前提ですが。
●恐怖感を与えても、いいプレーができなくなると思う。でも、全く話をきかない、人としてのルールを守らないときは必要なのかもと思う。
●よくイジメは「いじめられた、と感じたらその時点でイジメである」といわれるように体罰についても少しこずいたことについて受けた側の心情によりその行為が大きくも小さくも成り得ます。私は指導者の経験がありますが私自身はそういった行為に及んだことはありません。しかし行為に至らなくても言葉での攻撃でも十分体罰に匹敵することがある、と考えています。手を出さなければいいというものでもありません。私が学生の頃は目に余る体罰はありませんでしたが多少叩かれる程度はありました。体罰を否定も肯定もしませんが体罰を受けた生徒などが「なぜ体罰を受けたのか?」を納得し受け入れることが出来るかどうか、が一番大事なことだと思います。時代が変わった、というのは簡単ですが昔より細かなことがよりセンシティブになった、ということはあるような気がします。
●基本的にはなくして指導できればと思いますが、時と場合、その時の子供の態度では、あってもしようがない場合もあるかなぁとは思います。
●規律を保つ意味ではありかと。但し、試合の出来などでの暴力はあり得ない。指導者の教えが悪いから子供達が出来ないと考えます。まさに指導者の技術不足を表している。
●サッカーに関する失敗などについて、叱ったり体罰を与えたりは厳禁。特に小学生年代を相手にしているので、サッカーは楽しいもので、嫌々やるものではないので。何か言うとしても、コーチングとして伝える、自分で考える様に仕向ける様に努めています。また、罰ゲームとしての腕立て、走りはあっても、単純な罰走の類も無しです。一方で、生活態度、躾に繋がる部分に関しては、言って解らなければ体罰もあり、と考えています。但し、大怪我、後遺症に繋がりかねない行為は危険ですから、体罰と言っても限定的なものになりますし、限定的でもやる必要があると認識してする事が条件だと考えています。つまり、怒りにまかせて手を出すと、教育的効果が毀損するだけでなく、怪我などに繋がるので。
●まず体罰ってどこからどこまでを体罰と言うのでしょうか?私は現在小学生の指導をしている者です。小学生だからとかと言う気持ちがあると体罰は無理でしょうね。私は子供たちをいちサッカープレーヤーと見ていて技術より心身を育てていくように考えております。技術面での失敗で体罰をするのは私は違うと思う。技術面以外での「友達を傷つける・嘘をつく・・・」などで体罰(言葉で叱る)ことは良くあります。なのでどちらともいえません。
●以前は、それなりにあったと聞きますが、現在はないようです。スポーツの種目と指導者の適切な裁量が必要と思いますが、サッカーでは、接触プレーを伴う事と、フィジカルの必要なスポーツである事などから多少は必要と思いますが、殴る、蹴るは× 叩く、ボールをぶつけるは1回程度は○ 適度や常識、周囲の人など原因は人格と環境整備にある様な気がします。 
●時には必要
 
 

<<「全く必要ない」と回答>>

●スポーツは、楽しくするもの。こどもは、楽しければ、集中するし、大人の発想以上に面白いことをする。これを引き出すことが、大人の役目だと思うから。
●サッカーもですが、スポーツは根本にあるものは、楽しむこと、です。楽しむことに体罰が必要でしょうか。他にも言葉の暴力を見ます。これも体罰と同等です。
●体罰を行えば、子供は恐怖から逃れるために一時的に奮起するだろうけどサッカーの技術向上そのものには全く関係がないし、子供たちの心に傷を残すだけになってしまうから。
●指導であって強制ではないから。
●今回の基準とされた例は体罰ではなく暴力だと思いますので全く必要ないと思います。少年サッカー年代では、暴力(言葉による暴力含む)と体罰は一切不要だと思います、ポジティブに褒めてサッカーをプレーすることが好きな子供になって欲しいから。それ以上の年代でチームとして勝利を目指すチームでは体罰(抑制された暴力)は必要だと思っています。
●力で強制して本人の意思に反して身に付けさせても、自主性に基づいた創造性が生まれ育つとは思えないから。
●体罰は大人の都合であり、指導力不足からくる誤魔化しでしかない。体罰による結果に、胸がはれる指導者がいるのならそのスポーツには未来はない。人を大切にできる所にしか、人は残らない。
●体罰でスポーツが上手になるとは思えないから
●運動系の指導者の体罰は相手に対して命に関わるダメージを与えかねないから。
●叩いて良くなるなら私は凄く良くなっている
●少年サッカーで、体罰は必要ないと思います。この年代は個の育成を中心に褒めて伸ばすことが大事だと思います。心の底からサッカーを好きになり、サッカーの楽しさを十分に理解してほしいからです。根底に楽しさを理解できていれば、壁にぶち当たってもなんとか乗り越えて行ける心を持てるのではないかと思います。又、怒ってやらせても本人の為にならないと思います。やらされてやってるうちは本人の力にならないと思います。
●体罰で強くなるのは結果を求めているだけです。少年団、クラブチームで掲げてる人間形成とは、かけ離れてます。
●体罰を与えたところで、選手としてレベルアップするとは思いません。
●子供が考えなくなるだけだから。
●言葉で十分伝わるはずです。指導者は感情的にならず、冷静に判断すべきです。
●必要はないと思います。そこまでこの年代を追い込む事に何の価値があるのかわかりません。(ゴールが小学生年代なら別ですが)心も身体もまだ出来上がっていない、これからいくらでも成長する過程で追い込む事は無意味だと思います。時間が経ち、心や身体が成長すれば今出来ない事も出来る様になる事もあります。また、暴力を振るわないと子供に伝える事が出来ないという事は指導者として無能であると自分で宣伝しているようなもの。ただ、チームプレイなので、連帯責任という意味では、罰則は時として必要な時もあるかと思います。
●サッカーに限らず、スポーツは楽しむもの。少なくとも大人たちはそういうキャッチフレーズを持ちながらスポーツを楽しんでいるはず。子どもだってそう。特にサッカーは頭を使ってプレーすることでより勝てるようになるスポーツだと思うので、そうした工夫を引き出すには、一方的ではなく自分で自分たちでトライ&エラーを繰り返す習慣が必要です。体罰ではそれが引き出せないばかりか阻害することになると思います。
●全てが指導者の思い通りにならせる必要はない。思い通りにいかないからといって子供を傷つけることは絶対にあってはならないと思うから。
●何を持って体罰で、そうでないのかは現代社会では難しいです。ただ、スポーツの社会では気合を入れる部分はありますが、行き過ぎは少し考えて行うべきではないでしょうか。体罰を指導として日常化しているのは、馬鹿としか言いようがないです。
●精神的なものを含めて、全くもって「罰」の必要性を理解できません。体罰にコーチがにげるのは、コーチとしての能力の未熟さを露呈しているだけであり、人として恥ずべき行動と理解します。
●はっきりいいますね。私は、指導者です。言葉の暴力が多いです。そして罰則をすぐに与えます。走らせたり、腕立て伏せなどの筋トレをさせたり。真夏でもフラフラになるまで走らます。熱中症への危機感もありません。真夏の試合でも子どもたちに頭を冷やしたり、給水する時間もあたえないほど、がみがみとしゃべり続けます。それは、サッカーを純粋に好きできている子たちにとってみれば苦痛です。そんな子たちは結局失敗を恐れるがあまり、積極的に攻撃を仕掛けなかったり、ボールを奪いにいかなかったりします。可哀想です。なんでできへんねん。やるきあんのか?お前のせいやぞ!こんな罵声を浴びせます。子どもたちのサッカーを取り戻してあげたいです。
●小学校低学年を担当していますが、まずはボールを蹴ってみる、自由に足で運んでみる、そういう楽しさを理解しなければ先へは進めません。体罰は指導者への恐怖心を植え付けるだけで子供達の成長には全く繋がらないと考えます。
●小学生年代、特に4~6年代では自然と足元がつく時期であり、体罰等は全く意味無し。むしろ褒めておだてた方が伸びる。よそのチームで体罰を見かけたが、それでサッカーが上手くなるとは思えなかった。
●体罰は、短期的に見れば良い結果(試合に勝つ等)が出てしまうときもあるが、体罰より良い指導法がいくらでもあるから。ただし、体罰による指導と、厳しい指導を混同してはいけないと思う。保護者の中には、混同してしまう人が増えているとも感じています。
●体罰でうまくなるのであれば必要ですが。必要性を感じないから。
●そういった行為をするのは子供との信頼関係を築けず、自身の指導力が不足していることを隠す行為に他ならない。直接的な体罰以外にも言葉による威圧や差別などもある。こう言った旧体制的な指導者を一掃してほしい。
●暴力で一方的に子供を封じ込めても、内発的な本当の反省をしなければ人間的に成長はしないから。
●指導者は常に指導される側の立場に立ちその状況などから冷静なコーチングを行うべきであり、その場面で指導者は一時的な私情や感情を口に出すことはあっても、暴力(体罰)を用いるのは許されるべきではない。指導を受ける側にとって、体罰はストレスでしかないのだから。
●子供の身体能力や判断能力には差があるので、指導者が思うより動けないのは当たり前だと思います。
●体罰をした時点でコーチとこどもの信頼関係はなくなり、コーチが怖いから言われた通りにプレイするようなってしまうから。
●スポーツ全般にも言えることですが、子供達は勝ち負け関係なく、サッカーを楽しむ為にサッカーを始めたはず。体罰を受ける為にサッカーを始めたわけではない。
●サッカーだけに限らず体罰が必要・不必要の議論の前に体罰とはなにか?が重要だと思います。当然叩く、蹴る罵声を浴びせるなどというのは体罰というものではなく暴力だと言うべきだと思っています。じゃあ体罰ってと考えると体罰は無くなりますよね。でも、指導の上で厳しく接する必要もありますし、かなり強く怒る場面もあります。でもそれは親でも一緒ですよね。もっと子供に寄り添ってもっと子供の目線で話してあげれば体罰がどうこうという議論すら起こりえない環境を作れるんじゃないでしょうか?日本の場合指導者が指導者たろうとし過ぎる環境に大きな問題があると思います。特にジュニア年代U-12までは子どもと一緒に遊びやサッカーというレクリエーションの中で一緒に関わるだけで子どもは成長するのではないでしょうか?教えようとすると怒りたくなる。上手くなってくれなければ何かのプレッシャーを自分でかけて選手にあたる。という悪循環が日本のスポーツ界を取り巻いている環境では必要ない。ダメだといくら何十年唱えていても無くならないと思います。
●体罰が怖くて、一生懸命練習して、上手くなったとしても、サッカーの楽しさを忘れてしまっては、何のためにサッカーをしているのか、全く意味がなくなってしまう様に思います。
●小学低学年の保護者です。コーチの体罰はなんの成長も生みません!なぜなら、この年代の子供たちの目線で見ると大人が怒っているだけで、ただただ恐怖心を感じてなにも頭に入らないのです。
●”チームが強くなるために” や”コーチの名声や自己満足”というものは、指導ではない。集団のための個人という考え方も間違っていると思う。サッカーを上手くさせるためにサッカーチームに入れているわけではない、という考えの親もたくさんいると思う。
●体罰を起因にサッカーを辞めた人間も多いはず。それは子供たちの夢を絶たせたということであり、大人として罪を背負うべきである。
●体罰以外の方法で指導した方が、長期的に見て効果的だと思いますし、適切なのではと考えているからです。「体罰」によって子供の行動が変わったとしても、それは体罰・コーチに対する「恐れ」などが要因で、コーチありきの一時的なものであったりすると思います。それは、子供の主体性・自律には繋がりません。やらされているだけですよね。少年サッカーを卒業した後も、サッカー人生は長く長く続きます。その後の各ステージでも、自分でトライ&エラーを繰り返し、選手・人として成長する為には、やらされている状態では限界があると思います。「恐れ」などを手段に成長してもらうよりも、サッカーの楽しさ・魅力にフォーカスして、自発的なアクションを促す指導をした方が、長期的に見たら効果的ですし。何より人としての成長も、期待できるのではないでしょうか?
●サッカーの指導で大切な事は、子供達に技術の修得をして貰い、その中で人との関わり方やマナーを学ぶ事と考えています。体罰は、サッカーをやる上からで全く必要ない要素だと認識しています。
●正しい指導は必要だが体罰は必要ない。指導社の勉強不足、正しい指導が出来ないために暴力暴言に走ると思う。選手たちを育てるのがコーチの仕事コーチたちを管理するのが監督の仕事。選手に怪我をさせるのが仕事ではない。もし怪我をしたらつらく苦しいリハビリは選手に科せられる。精神的にも同じこと。力で押さえつけ言う事を聞かせるのが育成なのだろか?悪質なコーチは好き嫌いや利益優先で選手の選抜を行う。レギュラーをちらつかせとことん追い込む監督には嘘の情報を裏で流し有能な選手をつぶす。外部コーチならまだ辞める可能性があるが教員になると事実であっても学校側が隠ぺいし教師を守るのでさらに解決しない。なのである程度正しい厳しい指導は必要だが暴言、暴力は必要ない。
●好きなサッカーが体罰によって「させられている」サッカーに変わってしまって、子供達が持っている純粋な気持ちが傷ついてしまう。
●物を教えるのに体罰や暴言で教えても恐怖心で何も出来なくなる成長させる為には自分で考えて行動する事が大事だと考えてます
●体罰を与えるのは選手が、自分(指導者・監督・コーチ)の思うように動かない、指示をしても理解しないなど、自分の指導力の無さから体罰に走るのだと考えます。よって、指導力が備わっていれば体罰を与える必要はない。体罰を与えなくても良いように指導を学ぶ必要があると思います。
●体罰で何が教えられるのか?少なくとも自分が中学生だった頃、コーチ(教師)から体罰を受けて何かを学んだということはなかった。
●成長過程の子供に、今の時期強制してやらせなくても、身体が成長し出来る時期が必ず来るから。
●指導するにあたり“厳しさ”は必要だとは思っていますが、手を上げる必然性は全く感じませんし、そのように思った事もありません。
●自分の経験からも体罰を受けてスキルが向上することはありませんでした。逆にまったく体罰をしない指導者からは多くの事を学び50歳になってもその教えは生きています。その事からも必要とはまったく思いません。
●小学生年代のサッカーは身体の使い方やボールフィーリング、チームとの関わり方など、基本的な動作を主に教える。これに関して大人の勝手なエゴでプレーに勝手に憤る必要性は全くない。
●厳しい練習と、体罰は違う。体罰で養われるものは何もない。
●昔の根性論では今の少年サッカーは通用しない。もっと理論的に子供たちにサッカーを教えていくべきと考えている
●殴る蹴るを外部コーチが日常的にやって来た。本人は反省の色無く、嫌なら辞めろと。外部コーチにそんなこと言われる筋合いも無いが、息子がサッカーの本当の楽しみを知る前に、サッカー嫌いになるのを防ぐべく、退団へ。サッカーは、殴られて覚えるものではない。
●体罰による指導は子供の人格形成に悪影響であり、なんのメリットもありません。
●指導者からの体罰が必要になる理由は選手以外の理由だから
●萎縮して、自分で判断することができなくなると思うし、子供は、大人がやっているからいいんだと、暴力で訴えるようになってしまったら困るから。
●指導者の知識不足、経験不足による体罰は怒鳴りつけは絶対に認めたくありません。「殴る」「蹴る」はもちろん論外ですが、「叱る」と「怒鳴る」を履き違えた、その場の感情ありきで子供達に接するのはとても危険だと思います。言葉も一歩間違えば立派な凶器になりますから。そうした観点からも、指導者のスキルアップ、また意識改善を図るべきだと思います。
●体罰をするということは、スポーツではなくなってしまうからです。体罰をすることで、子ども達が気持ち良くプレー出来るならよいですが、そんなことはないと思うし、周りにいる他の子ども達にも悪影響を与えます。言葉での威圧も、同じ事だと思います。
● 体罰は、暴行なので。 体罰する指導者は逮捕されて欲しいです。
●何故叱られてるのかを本人が納得しないと体罰では怒る方は自己満足するだろうけどしっかり納得するように指導するのがあるべき姿だと思う私たちの子どもの頃とは違うと思います
●体罰は、エスカレートしていきます。もっと強くすることで強くなるのではというところに陥りやすいとおもうので。
●体罰にて指導された場合、長続きしない。
●子供はできないことが当たり前、1度や2度言ったところで出来ない!子供の感覚や理解力を考えるべき。私も子供のころ先生によく忘れ物をしてビンタされたが忘れ物は治らなかった。叩かれた記憶は残るが良い記憶は残ってない。本人の意識を変える方法をかんがえるべきではないだろうか。だが、これが難しい、親の影響がかなりあると思う!
●わかるまで何度でも口で説明すればいい体罰でわからせると言う指導者は、説明ができない指導者だと自分で言ってるのと同じこと
●肉体的苦痛を与え反省や改善を促すという理屈は、サッカーの上達に対して全く意味が無い。指導者の力量不足を表すだけである。
●私も学生時代ずっとサッカーをやっていました。当時は、今で言う体罰は当たり前でした。だからといって、親が出てきたりは無かったですね。先輩や同級生が、上手くフォローしてくれていたと今は感じています。自分の子供も含めて、小さい時から観てきていますが体罰以外の部分でも保護者がよくでてきます。また、子供の世界も昔とは違います。躾は、必要です!それは、言葉や態度で長い期間を要して教えて、学んでいくものだと感じています。
●子供を萎縮させるような指導はマイナスにしか見えない。バルサのU-12は体罰しているのでしょうか?大人は反省して、子供の可能性を応援するべき。
●体罰はプラスにならない。子供たちが失敗を恐れ、積極性を失い、サッカーを心から好きでは無くなる。
●体罰からは何もうまれないから
●自分は体罰を受けながらスポーツをやってきましたが、体罰の後に残るのは、ぶたれた痛みと体罰をした人間への憎しみしかなかったからです。「体罰があるから勝つことが出来る」、「体罰があるから技術が上がる」なんてことは絶対にない。
●体に対する暴力などで子供が成長することはないから。
●小学生も立派な人格をもった人です。人対人で解ってもらいたいのであれば、対話をすればいいのです。
●スポーツは、自らの自発性で行うものであり、外圧でやる気を起こさせるのは、長続きしないと思う。
●体罰は暴力だと思います。そして、その暴力からは何も生まれないと思います。
●サッカーのプレーのことで、殴る蹴る叩く、などをされたことがなくても県でトップをとることができたから。ただ意味不明な走り、などはあった。それは先輩からも。基本的に殴る蹴るで良いプレーは生まれないと思う。
●基本的には自分で考える、気づく、指導者は導けば良いと思う。
●好きで始めたサッカーなのに、嫌になるから。
●肉体的に体罰を与えなくとも、強いチームはたくさんある。必要とあれば、ビンタ一発は有効かもしれないが、過度なビンタはリンチと一緒。浜松日体のようなケースは、もはや教育委員会に問題がある。日本特有の先輩のシゴキも無意味。後輩が先輩を敬うのは当然だが、後輩を走らせたりするのは先輩特権を利用しているだけ。それではよいプレーにはつながらない。野球部にしてもサッカー部にしても奇妙な慣習が根付いているように思う。
●・子どもを怒る際に必要なのは、「なぜ怒られたのか」をしっかり理解させることで、そこに体罰は必要ないと思う。
●サッカーはプレーを自分で判断し実行するスポーツだから、判断を奪う体罰は指導ではないから。
●罰というのは悪いことをしたから与えられるものであり、スポーツの指導においては必要ないと思います。新聞等でも報道されるように体罰は子供に恐怖心を植え付けるだけでプラスにはならないと思います。
●子供に恐怖感を与えて萎縮させるのみ。指導する立場になった者が、総合的な人間力を欠き、理解させる表現力もなく、子供を惹きつけることが出来ずに体罰に頼るのではないか。またはそのような者が、ただストレスの発散をしてしまうのではないか。
●力で 子供に接すれば いづれ 憎しみや 恨みを生むし その子供が 体罰を受け 大人になり 指導する立場になれば また・・と 負の連鎖になりうる
●体罰は指導者の実力不足だと思います
●言葉で説明すれば分かる事なので、体罰を与える必要はない。
●ジュニアの指導における一番の目的は、「サッカーを好きにさせ、次の年代に送り出してあげる事。」体罰どころか、罰走や言葉の暴力にも強い抵抗を感じます。昔のスポ根が抜けきらない世代の指導者は、その指導者に問題があるというより、指導者への指導そのものの欠如に問題があると感じます。子供達は楽しくて興味のある事は、絶対に自分から止めない。練習(試合)が上手く行かない理由を、自分の指導力不足から子供達に転嫁している表れが、体罰につながっている事に早く気付くべきです。
●楽しんでやるスポーツに体罰は不要です。
●体罰を受けなくてはいけないほど、何か子供が悪いことをしていますか?と体罰をしている指導者に聞いてみたいです。子供は体だけじゃなく、心だって傷ついています。
●特に小学生は、個人身体が異なる為、個人差が出でくるので、長い目で見るのが一番!技術や戦術も必要ですが、まずは楽しんでもらわないと!!
●そんな事をしなくとも、成長できるから!!
●サッカーだけでなくスポーツは楽しくやるもだから。体罰する意味がわからない。言うこときかない選手はやめさせればいい。
●無意味だから。
●指導力のない人しか体罰なんてしないと思います。
●叩いてサッカーが上手くなるのなら、メッシはコーチから相当叩かれたんでしょうね。
●自分より上位に立つ者からの強制や脅迫によって得られたもの(技能にしろ知識にしろ)は、将来において有効活用されないと考えるから。ましてや肉体的苦痛による押し込みは自ら考える能力を奪うことになる。
●体罰で何かが向上するとは思えない。
●子供が以前所属していたチームですが、ボールやすね当てを忘れるとグランドを延々とはしらされ、なかには意識朦朧としている子もいました。試合でもミスをすると叩く、ボールをぶつけるなどみられ、それが原因でもめて移籍しました。
●自分がされた事を思い出してみると、されても仕方ないと思った事はあるが、されるから気を付けようとは思った事がないから。
●体罰で育ったり気づく物は無いと思うから。恐怖で緊張感を煽るのは間違っていると思います。罰として、リフティングや、シャトルラン、など怠慢なプレーやふざけて集中力が無い時にはやらせる場合はあります。
●体罰におびえて失敗しないように意識しても上手く成らないと思う。プレッシャーや緊張感は、別の形で与えるべきだと思います。
●伝えればわかる事だから。
●体罰や怒鳴る事で一時的に指導者の思惑どおりになることはあると思うが、思惑通りにならないのが子供でありサッカーであると思う。また、日常的に体罰が行われる事により指導の内容で子どもが集中するのではなく、怒られないようにするために集中することとなり、結果、内容ではなく怒られない事に意識がいってしまう恐れがあると感じる為
●言葉だけで絶対に伸ばせるから!
●指導者にきちんとした知識、指導力があれば体罰を使わずに教えることができ、選手からも尊敬される大人になれると思うから。
●体罰を行うことは、指導者の指導力がないからだと思っています。指導法にはいろいろあると思いますが、まずやらせてみてから、どうすればよいのか伝える。練習中試合中に"今"何をすればいいのかを伝える。現役に近いコーチであれば、動いてみせて伝える。暴力に訴えなければ人に伝えられないと思うのであれば、その人のコミュニケーション能力が足りないだけです。小学生のサッカーでは勝った負けたの結果が重要ではないと思います。まずは、サッカーが好きであること。チームプレイが楽しいものであるとわかること。地道な練習が、自分のプレイや自信につながること。サッカーに限らず、小学生のときにやっていたことは、その人の人生の基盤になるものと考えます。そこに体罰や暴力はいらないです。
●まず、U-12までの世代の指導の目的は、「選手にサッカーを楽しいと思ってもらえる事」です。上を目指す事は当然重要ですが、体罰は一切必要無いと考えます。体罰はある程度選手の動機がしっかりしたチームにて行なわないとまるで効果が無いと考えます。むしろ体罰しないと選手が言う事聞かないのであれば、自身のコーチィングを反省すべきです。少年サッカーにおける指導は、如何に「サッカーを楽しい」と思ってもらう事であり、サッカーの裾野を広げる事であり、ジュニア世代に繋げる事です。
●体罰は説得力無い指導者がする事。
●何のためにサッカーをしているか?させているか?と問う時に、体罰は意味をなしていない
●昔はそれが当たり前で育った私ですが‥体罰を受けてまでスポーツをやる時代ではないから。
●ただ暴力になるならないは微妙なラインだと思います。怒る必要のある時に怒るコミュニケーションも大事だと思いますし、その際に多少のボディタッチコミュニケーションは必要な場合もあるかと思います。子供たちが痛いと感じたり嫌だと思ったらダメですが。
●体罰は根性論であり、サッカーというスポーツを技術的かつ体系的に学ぶ手法ではないからである
●いくつか理由はあるが①怒っても上達はしない②大人の言う事をさせようとするとイレギュラーが発生した時の対応が効かなくなる③単純にサッカーが嫌いになる
●選手は考える力を持っており、指導者や保護者は、選手をサポートすることが重要であり、体罰は苦痛を与えるだけで何も解決しないから。
●サッカーに限らず体罰は必要ない。体罰が起こるのは、教育側が被教育側への説明を放棄したときだけ。なので、被教育側が教育側の話をきく、という前提が必要だし、教育側も根気よく説明することを諦めてはならない。
●サッカーは楽しいものでプレーヤーが楽しくないのはサッカーじゃない楽しいからこそいろいろなイマジネーションが湧いてくると思う。
●痛い思いをしても子供の心には響かない。心に響かないと子供達は行動しないし、上達もしない。何のためにサッカーをしているのか?どの世代の子供達にも、サッカーをしたいと思う理由があるはず?それを忘れて欲しくないし、コーチには子供達がサッカーをしたい理由を忘れさせて欲しくない。体罰は絶対に必要ない?次の世代でもこんな事が続かない様に。
●そもそも、サッカーの指導において、子供達に罰を与える理由がわからない。思い通りにいかないのなら、指導者が罰を請けるべきです。
●スポーツは楽しむためのもの。楽しみたくなくなってしまう。
●体罰と言葉による暴力は、子供を萎縮させてしまいます。
●魅力ある指導内容なら、体罰がなくとも子供はしっかり耳を傾けると思います。自分勝手な行動をとる子供がいるのならば、体罰を与えるのではなく、言葉で説明してあげればいいのではないでしょうか?子供にも人格や自我があります。大人が思っているよりずっと思慮深く、素直な生き物だと思います。
●教える事に暴力を使うなんて恐怖しか植え付けられない勝負なんだから勝つ事を前提として練習はするものだけど、出来なかったから体罰を受けるって言うのなら教えてる側も其れ相応の罰を受けてるの?って聞きたくなります
●指導者の威圧的行動は子どもを委縮させ、おもいきりプレーする事ができなくなる。プレーの質が落ちると、本人がますます萎縮するだけ。
●どの年代でも向上心を促すのが指導者の仕事。指導者のための指導をしてはいけない。
●叩いてサッカーが上手になるとは思えません。技術と判断力の向上と、やる気にさせるメンタルの向上が大事だと。そして好きこそ物の上手なれ!楽しさを伝える!!叩かれて楽しいと思う子供がいるとは思えません。
●体罰で選手の技術が上がるわけでもなく、そもそも体罰を行う理由が理解できない。言動や行動で選手を動かせない指導者の逃げ道であり自己満足でしかない。
●体罰と聴こえはいいけど、これは暴力以外の何物でもないと私は思っています、サッカーに限らずですがサッカーはイマジネーションを膨らませないといけないスポーツ頭ごなしに体罰と称して暴力が行われてイマジネーションの働く子が育つとは思えない私は海外在住ですが、私の住んでる国では、どうやればその子の個性を引き出してあげられるかとコーチは考えています日本のコーチがトップクラスに行ける様に心から望みます
●体罰を受けて伸びるわけがありません。私たちの頃は当たり前のようにありましたが、恨みつらみばかり…
●体罰をしたからといって、サッカーがうまくなるわけではなく、反感だけが残ると思うので。
●体罰=暴力
●楽しくなくなくなるから。
●この年代での指導で大切なのはサッカーの楽しさをいかに経験させていく事ではないかと思います。
●「体罰」は、全く必要無い。そもそも「罰」をしなければいけないのは指導者の指導不足。ただ、気合い入れたり、モチベーション上げる為に、腰辺りを叩いて「行ってこい!」とか「頑張ってこい!」は全く問題無いと思う。
●どの競技でもそうですが、目的があって行動をする。選手も指導者も一緒です。厳しい態度、言葉は必要と思いますが、家畜では無いので、体罰は必要ないと思います。
●好きにならないとうまくなれないから
●子供の成長に体罰は必要なし。
●素質があるのにそれが原因でサッカーをやめたり、嫌いになってしまう
●体罰を使わないと指導できない指導者は力が無さすぎる証拠。本当に優秀な指導者は体罰を使わなくてもいい指導ができるはずだし、それができないのなら向いてない。
●選手主役のスポーツに体罰は要らない、選手以上に指導者が主役であってはいけないと思います。
●サッカーや他のスポーツや勉強も、子供達本人が積極的にやりたいと思い考えることから上達があると考えます。子供一人一人により理解度や積極性などに差があり、コーチやそこに関わる人達がそういう部分を理解し、言葉でコミュニケーションをとり信頼を得るべきでしょう。それが出来ないと立場の弱い相手に対して体罰が行われていると思います。
●言われたことができなければ、試合に出れない。言われたことができなければ、試合に負ける。言われたことができなければ、上手くならない。言葉で指導できるような選手や環境を育てるべきだ。
●褒めて伸ばす!叱る時は、口で叱ればいい。ただし、後のフォローは必要です。
●楽しいはずのサッカーが楽しくなくなってしまうから。
●体罰をして、何を教えるのか?体罰を行う人は、子供達に自分の言った通りに動かしたいだけだと思う。
●小学生年代は、とにかくサッカーを大好きにさせることに尽きると考えているため、体罰は一切不要と考えます。ただ、しつけの部分が必要なことは事実としてあり、そこは、話をして指導すべきで、体罰は不要と考えます。
●体罰は、必要ない。体罰で得られた動作が身についても、心と体が、萎縮されて動きは、ベストで無いと思います。ランナーズハイの様な、壁を乗り超え、楽しさの中からのベストプレイに勝るものは無いと思います。
●子ども達が、自ら考え、答えを出していけるようにする事が指導者の “役割” … !!そこに “体罰” を介入させる 必然性は  “ない”  … (^^)v
●ペナルティと、体罰の境界の認識が様々で難しいですが、明らかな体罰は絶対に不必要です。
●もちろん、いいえです。子供達が萎縮して消極的なプレーになってしまうからです。
●今年、c級コーチライセンスをとりました。こうゆう問題に興味があるから。
●小5の母です。肉体的は体罰という判断がつきにくいところがこわいです。今現在は全く体罰はありません。でも、たまにもう少し厳しく指導して欲しいと思う事もあります。見る人、聞く人、する側、される側、それぞれの立場や受け止め方は違うと思います。もちろん体罰は良くないしあってはならないとおもいます。難しいですね。
●スポーツを楽しむのか、勝つまたは上を目指すのかによって、指導は変わると思います。褒めた方が伸びるのは分かっていますが、厳しさも時には必要だと思います。それが、体罰で無ければなし得無いとは思いませんが、指導方やコミュニケーションを学んでいない指導者には体罰が手っ取り早く成果が見えるのでは無いでしょうか?
●体罰は必要ない!指導者は、子供たちにサッカーの楽しさ、ルール、マナー、技術を指導してほしい。叩いてサッカーが上手になりますか!?誰でも楽しみながらスポーツをしたいと思います!!夢はプロ、海外サッカー選手…その手助けをしてあげてほしいです。体罰をされてる、監督、コーチの方は子供たちの未来を潰しています!!今、勝たせる、やらせるのでは無く、将来の為の指導をお願いします。
●サッカーの現場に限らず、子供の教育現場には体罰は全く必要ありません。体罰で得るものは、何一つないからです。自分の経験上、そこに信頼関係は全く生まれませんでした。
●殴ったところで、子供への効果は薄い。例え問題が改善されたとしても子供との信頼関係はなくなるので、本当の意味での解決にはならない。ただし、あまりにも自分勝手な行動をしたり、仲間に危害を与えるような行動をとると殴ってやろうかという衝動にかられるときがある(もちろんやったこたはないが
●叩いた所で、子供の気持ちは変わりませんよね。もちろん、ぶん殴りたいと思うことはたくさんあります。一人だとおとなしい子も、集団になると気持ちが大きくなったりして、収集がつかなくなることもありますが、うまく、言葉と気持ちで誘導できれば、後々も話を聞くようになりますよね。
●U-12のサッカーはサッカー技術の習得と子供の成長を促すためのものであり、それらは強制的に行うものではないからです。できないから、言うことを聞かないから、態度が悪いから、という理由で体罰を与えるのは、指導者の意識が「やらせる」「聞かせる」ことを最重要と考えていることの現れです。どう指導すればできるようになるか、聞けるようになるか、考えていないか努力していないことが原因ではないでしょうか。
●野生動物に芸を仕込むのじゃあるまいし、スポーツ指導に体罰は必要なし。体罰をしなきゃ指導できないという指導者は、自分の指導力の無さを露呈しているだけ。どうすれば、子供達が興味を持つか、耳を傾けるか、いろいろ工夫すればいい。そして、子ども目線に立って考えればおのずと答えは見つかる。まず、体罰指導者は人権学習が必要だ。
●体罰と厳しい練習の境目は難しい。そのコーチの判断による。指導者と選手、保護者に信頼関係があれば多少の厳しい練習は当たり前のものになる。ただコーチも人間、エスカレートしていくケースも多々あると思う。
●体罰することによって、一時的に良い結果(勝利)をもたらすことはあるかもしれませんが、長続きはしないと思います。逆に才能がある子どもがいやになって辞めてしまったり、コーチに怯えて思い切ったプレーができなくなってしまうことが多いと思います。子どもの将来を考えると絶対体罰はなくすべきです。反省、考えさせることが大事です。
●体罰でなくても、コーチから叱責を受けた時と、気持ちをUPさせるような声かけをされた時では、チームの動きが違う、楽しそうに、そして一生懸命に走る子供たちを見たいので、それはいらない。
●指導方法を良く考えれば、体罰は必要ない。指導者の教育が必要。
●手を挙げて子供達が上手くなるなら、Jリーグが始まって20年、今ごろもっと大勢のプロ選手が育っていることでしょう。指導者からすればその方が楽ですが、それでは子供達が言われるがままに動くロボットになるだけ。決して、「自分の目で見て考えて行動する」という自立した人間(=サッカーに一番必要なこと)には成り得ないと思っています。
●体罰への恐怖から一時的に力を発揮しても、一時的でしか無いと思います。ジュニア時代は楽しく努力・協力が出来る様に指導してもらいたいです。
●短絡的で一時的。家庭でも避けるべき馬鹿げた手法に、議論の余地はない。
●息子の勉強などを見ていても論理的に説明しなくては良いパフォーマンスを発揮していない。試合でも論理的な説明ができるコーチの元では良い動きをする。喝を入れたり褒めるのは必要だが、叱ることが良い結果や考える力に結びつくことはないと感じる。体罰や暴力に頼る指導者には指導力が足りないだけではないか。
●体罰は絶対に必要ありません
●反省すべき事があった時、長時間ランニングさせられることがありました。それは体罰ではないと親子で受け止めています。しかしながら、40分以上にもわたる、真夏のランニング中、指導者は行われている試合の指導にあたり、走っている子供の様子を確認することがなかったことには冷や冷やさせられました。罰を与えるのであれば、それに対し責任持って見守る必要はあるのではと感じました。
●指導者が半ば一方的に決めた方向性や期待という枠から結果が大きく外れた場合に体罰は起きていると考えます。社会的モラルから逸脱した行為への指導として体罰が必要な場面がある事は否定しません。ただ、サッカーに限らずスポーツにおいてはスポーツする側が自由な発想の下行うもの、指導者の枠に収めるものでないはず。チーム全員の目標を意思統一した上で各々の個性を生かした成果を求めようとすれば、そもそも体罰は起こらない=必要ないと思います。
●小学生サッカーはボール遊びから始まると思っています。楽しいサッカーから始めなければ、サッカーを好きになれずに終わってしまいます。サッカー人生はプロになれなくても色んな関わり方次第で長く携わる事が出来るのに、少年サッカーで苦痛のサッカーは将来の為にも良い事は無いと思います。
●体罰してまでスポーツさせる意味がない!!
●サッカーに限らずスポーツは楽しむもの。真剣に取り組むことによって、本当の楽しさを理解してもらう為にも、体罰(恐怖)を与えることは絶対に反対です。指導者(大人)が進化:成長しなければならない。未熟な指導者(体罰容認)を無くすためには、指導者講習会等を活用して、気づかせる。欧州のようにコーチを指導する方々を育成すべき。
● おそらく体罰(しかる、げんこつ)については、サッカー以外の私生活の部分でしか考えられない。 サッカー指導で体罰により、うまく、かしこく、創造性あふれる強い選手は育たないと思う。精神的にも肉体的にも厳しい、だけど満足感のある(高度な意味での楽しさ)の中から育つと思う。 昔は、試合前なんかによくビンタされたけれども、経験者として別にその監督の事をひどい人だと、今でも思った事はない。 しかし現在は、体罰等はあまり見受けられないが、体罰(体の痛み)よりもひどい、コーチ(指導者)から選手へのコーチングがなぜか選手の人格否定とも思える場面をよく見かける。たとえば、おまえのせいで負けたとか。そんな事言われたらサッカーすきになれないよね。
●力で支配しようとする指導者の傲慢に感じる。
●私もきびしい環境でバスケをやっていた時期があります。1つ上の先輩に体罰を毎日受けましたが、その種目(バスケ)がいやになった時期もあります。スポーツを行う上で練習の厳しさは必要です。しかし、暴言、暴力は選手生命と成長を阻害してしまいます。私の頃は、練習中の飲料や休憩は皆無でした。精神は鍛えられても真の選手成長はできないと実感しています。先生と生徒という師弟関係は、信頼がなければ続きませんので教育指導に対する体罰は、撲滅すべきと考えます。
●体罰がなくても、サッカーの指導はできるから。体罰が必要というのは他の手段を考えれないだけだと思います。
●サッカーの指導とは関係ない
●選手が伸びるのも、伸びないのも、選手次第。コーチの話しを、自分に刻み込む選手や、他の選手へのアドバイスも自分に置き換える選手。逆に足でボールをいじってたり、周りの子と話して聞いてない選手。こんな時『聞かせたい』から怒るんです。でも、怒って聞かせても子供の中での目的は、『怒られないため』に変換されるだけです。その証拠に、毎回同じ子供ばかりが注意を受けることが多いです。体罰を行う指導者のほとんどが、正しいことを言ってると思います。良い指導者と違うのは、ものを伝える方法が未熟なんです。D級ライセンスの講習では、体罰ゼロと同時に、伝え方の指導に力をいれるべきだと思います。私の子供は、誰でも参加可能な四種のスクールによくいきます。ここのコーチの声かけは、本当に素晴らしいです。同じ時間、同じ練習をしても、同じように上手くなるわけではない。上手くなるのも、ならないのも自分次第。ドリブルの練習では、鬼にボールを取られないよう隅で逃げてても上手くならないことを伝える時は、失敗したら下手になるわけじゃない、チャレンジしないことが上手くならない理由だよ。失敗して鬼になったら取り返しにいこう。皆はどっちが上手くなると思う?その他にも挙げたらきりがないほど伝える力を持った指導者です。取材という形ではなく、是非抜き打ちで見学してもらいたい指導者です。きっと体罰を行わなければ指導できない方は、自分の指導が恥ずかしくなると思います。
●とは言っても、『愛の鞭?』的な行為はあっても良いと思います。
●サッカーは、自分で創造(想像)して判断、即行動しなければならないスポーツ根性や肉体的我慢は、必要かも知れませんがそれは、2の次3の次自分で考え判断するプレイヤーにするには、コーチも思考的な指導で対応しなければならないと思う
●サッカーに限らず、スポーツの根本は楽しく身体を動かすことだと思います。強くなることは、そのための手段の一つに過ぎません。また、強くなる過程で極端に精神論に頼ることも、日本独自の遅れた方法論であるようです。強くなるために体罰を用いたり、その背景として精神論を持ち出したりすることで、スポーツの喜び(勝つ喜びではなく)を奪うことは、本末転倒です。中には、現場の統率のために体罰を用いる指導者もいるようですが、子供たちのモチベーションを高めたり、魅力的なカリキュラムを作成したりするための、指導者としてのスキルアップに向けた努力をして欲しいと思います。
●少なくとも子供がそのこと(叩かれたりしたこと)で、改善するきっかけを得られるとは考えられないから。
●サッカー先進国の国々では、体罰をすることで強くなっているのでしょうか?多分、そうではないと思います。何事もそうですが、ひと昔は、精神論で推し進めるやり方が多く占めていたと思いますが、時代とともに考え方の多様性や物事の本質を見ていくと、このやり方は限界があると思います。子育てでも同じだと思います。心に響く言葉を子供たちに伝える努力を親は、保護者は、指導者は考えながらしていかなければ、子供たちに本当の理解は出来ないような気がします。
●設問の意味すら疑ってしまいます。スポーツにおいて、体罰を肯定する意見に耳を傾けようとする、このアンケートも不愉快でなりません。そこには、指導者、日本体育協会を始めとする各競技団体の指導力の未熟さを自覚しようとしない傲慢さが見えています。勝利至上主義は、スポーツをする上での絶対目的ではありません。厳しさだけ求めている指導者のチームは、その下にいる子供達も暴力的なコミュニケーションをとってしまう現状が見えています。
●暴力は、相手に恐怖を与え、支配下に置くための行動であり、子ども達を支配下に置き、命令どおりにプレーさせることは、サッカーではないから。サッカーは自由であり、楽しいものでなければいけないと思うからです。
●問題外、体罰で何を得るのかわからない。
●この質問をすること自体馬鹿げています。子供のために体罰が必要か???この議論自体不要です。子どもだけで無く人を導く時、力(体罰)で指導する指導者は指導力がない指導者である。この事実がすべてです。体罰の力が無いと指導出来ないですか?体罰を使う指導者は自分が指導力がないために体罰の力を借りています。と公言している指導者である。そのことが全ての人の共通理解となればこのような馬鹿げた議論は終わります。体罰は子供のためでなく、指導者のマスターベーションです!
●どの分野においても、体罰は指導者側の力量不足に起因するものと思っています。指導を受ける側に対するリスペクトも、忘れてはならないものではないでしょうか。一方、指導を受ける側が目に余る言動を繰り返すのであれば、指導の場から除外するくらいの毅然とした対応も必要と思います。保護者側にもそうした対処を受け入れる覚悟がいりますが。
● 体罰、暴力は指導者に従わせるための手段のひとつと考えられるが、子どもたちは指導者の所有物でもなければ、従順な僕でもペットでもありません。 痛みで理解させることは人と人の関係では必要ないと思います。他にも手法はあります。
●なぜ子供たちに罰を与えるのか理解できません。例えば集合に遅れた子供に対しグランド1周まわらせたり。必要なことは指導することです。
●サッカー(だけではなくどのスポーツも)はやらされるのではなく、選手一人ひとりが考え、自主的に行うものだと思います。体罰を与えることは子供たちの気持ちを委縮させてしまい、自由に考え行うサッカーに逆行為かだと思います。
●そもそもスポーツは楽しむことが大前提であり、体罰が起こりうる必然性は存在しない。
●体罰でやる気は出ない。
●体罰は受けた側の思考を停止させてしまうものだから。
●小学生の年代には、サッカーに限らず競技そのものを好きにする年代であるので、体罰はおろか言葉による暴力等精神的に追い込む必要は全くないと考えます。練習中にふざけたりする子にはペナルティを与え、どうしても一歩踏み出せない子には指導者が熱意をもって接し、まってやる。練習であれ試合であれミスに対する体罰は論外!
●大人から見てやる気がない、何も考えていないように見える子でも、実際はサッカーが大好きでその子なりに色々と考えていたりします。大人が求める態度が出来ていなくても、それは大人の考えで、子供達の表現に大人が気付いてあげなければなのでは?と思います。
●サッカーは自から判断して行うスポーツ。判断を奪い、従わせることは真逆の行為だと考える為
●サッカーは根性論だけでプレーヤーがクリロナやメッシになることは100%ありえません。やる気を刺激してあげるだけでよいと思います。
●指導技術、練習メニューの提供方法、選手とのコミュニケーション等で「指導」に関してのみ言えば、必要はない。
●サッカーに限らず、プレーヤーは自身のために活動しています。指導者の声はあくまで指導、プレーヤーの『あとちょっと….』を引き出すための檄にとどめておかねばならない。と考えています。
●体罰を指導に用いるのは指導者の指導力不足によるものであり、子供の考える機会やチャレンジする姿勢を奪っています。体罰ではサッカーの技術はもちろん人間性も養えません。
●体罰は言葉で説得できない心の弱い指導者の逃げ道。己の弱さに向き合っていない指導者に、技術的にはともかく精神的に子どもを良い方向へ導けるとは思えない。
●愛情のある体罰はもっと上の世代には場合によって(暴力行為や危険行為などを戒める為)必要かもしれませんが、小学生には行うべきではない。愛情によるものか否かをまだ判断できませんから。
●理由はない。いらない。
●体罰で理解できる教育はなく、苦痛だけが残りサッカーが嫌いになる原因となると思う
●子供の成長につながることは無。サッカーを嫌いになるきっかけになる。
●楽しいサッカーに暴力は不要
●基本的には、体罰は必要無いと思います。でも!その時のタイミングや、意味の有る喝入れはイイのかと・・・ 人それぞれのとらえ方かと思いますが~私の世代は「ビンタ」あたりまえでした。
●話の仕方で子供たちは理解できるから
●体罰を行ってサッカー。スポーツの楽しさが、子供の気持ちから失せていくことに不安を感じます。むしろ、どうすれば上手にプレー出来るかを一緒になって考え、子供達にサッカーを好きになってもらいたいです。
●それによるサッカーそのものの向上や発展が感じとれない為。
●叩いても蹴っても、怯えるだけでよい方向には行かないと思うから
●体罰で、サッカーは上手くならないから。本人のやる気、指導者の正しい知識と、適切な指導、それを踏まえた上での、自発的な練習がなければ、成長はあり得ないと思う。体罰をするのは簡単で、短絡的な楽な指導方法(ともいえないかも)、指導力の無さを露呈しているだけだと思う。体罰をする前にやること、教えるべき事がある。その時だけ、体罰で良い結果が出たとしても、将来的な成長は見込めないと思う。体罰で、出来るようになるなら、練習などいらないことになる。
●指導者が、正しい指導方法をしていれば、体罰など全く必要ない。しっかりと、選手とのコミュニケーションの取り方などを勉強して、実践していれば、何の問題もない。
●自分でも幼児から小学校の高学年まで指導経験があるが、体罰が必要だと感じたことがない。体罰が必要だと思うのは、指導者自身のモチベーション(成績や評価)や尺度(技術習熟や戦術理解に対する目利き)のみで選手をスポイルしようとしているからではないか?基本的に、指導者は肩の力を抜いて、一歩引いて自身を客観視しながら、大きな山の中のある一部分の木々の育成を担当しているのだと認識する必要がある。
●人に危害を加える行為は絶対に行ってはいけない。なぜならばサッカーは、楽しむためのものであるから。体罰によるメリットは何もない。
●体罰の定義がやはり難しいかと思います。少なからず、スポーツをやっていれば肉体的には痛みだけなら、消えれば忘れます。怪我と同じ、問題は精神的な苦痛を与えるために、身体に苦痛を与えること!サッカーを一生懸命やる!痛いし苦しい、負ければ辛い、激しい中で相手選手、仲間から厳しい事を言われることもある。それでも、大人が暴力を持って何を鍛えるのか、サッカーの指導には関係ないと思います。サッカーの指導に限定した意見です。
●いつ、何時も叩くや蹴るの暴力はただ子供が怖がるだけで何故怒られてるのか、注意されてるのか理解できないと思います。
●指導力がないから手が出る。とテレビ番組で松木安太郎さんも言っていましたが、全くその通りだと思います。指導に手を上げる必要は全くありません。手を上げる指導者には恐怖心で服従させられてる事に、子どもや親たちは気が付くべきです。指導だけが良いからレベルの高いチームになるのではなく、その子たちのレベルの高さが根底にある事を忘れるべきではありません。また体罰という言葉をやめるべきです。暴力という犯罪です。
●体罰によりサッカーが嫌いになると思われるため。少年サッカーにおいては、勝つことよりも、サッカーを好きにさせることの方が大切と思うから。
●その時に痛い思いをして一時的な効果はあるかもしれないが、自分で理解をし何がいけなかったのか根本的な解決にならないから
●厳しさは必要だとは思うが、罰は必要ではない。
● 下手な子、練習をやっても上達しない子、試合で勝てなかったチームのメンバーなど、結果が伴わないことに関しての体罰は言語道断。チームを強くする為、サッカーがうまくなる為の体罰は決してありえない。 
●体罰を受けている子どもの顔が曇っている。スポーツは娯楽、怯えるなんて考えられない。
●よく強豪チームでは体罰がよくあるみたいな事が言われているがやはりそこにはいい素材の人たちが集まっている事もあるしもっと言えば体罰が無ければもっと強くなっていると思う。体罰は言葉や理論で指導できない指導者の怠慢の何物でもない!
●身体に罰をあたえて、前向きな心になるとは思えません。怖いから言われたとおりのプレーをする、それはスポーツではないと思います。
●言葉で説明ができないから体罰を使っているだけだとおもう。指導する側は言葉を勉強すべきだと思うから
●体罰(的な指導)は、一時的に効果をあげることがあるのですが(だからたちが悪いとも言えますが)、それはあくまでも「同じ目にあいたくない」「怖い」という、恐怖感から、選手が必死にパフォーマンスをあげているに過ぎず、本質的な技術の向上、自発的に「勝ちたい」とか、「チームの為に自分が頑張る」という感情が生まれることは無いと思います。選手のやる気を引き出す為に喝を入れる、と言う意見もありますが、サッカーの楽しさや、技術向上の方法を、本人に分かるよう言葉で説明し、理解させることによって選手をモチベートすることが、本来の指導者の役割なのであって、その努力を怠って安易な方法=体罰で結果を出そうとする、指導者の怠慢以外の何ものでもありません。
●前までは必要ではないが必要なときもあるのではないかと思っていたが、それは指導者のスキルの問題ではないかとおもうようになった。体罰なしでもいい選手強いチームを育てている人もいるのだから。
●体罰によって一時的には言うことを聞くようになるかもしれないが、子供の心の中には不信感が残ると思う。
●サッカーをするうえで罰を与える必要性がないからミスしたり勝てなかったりしてもそれらは罰に値するわけがない
●サッカーの指導者はサッカーを教える事が目的であり、そのために暴力は必要ない。またよく試合で見られる暴言も必要ない。ただ指導者が暴力や暴言を使うのを保護者も知っているはずなのに、子供を他に移籍させないという事は、保護者が黙認している事になり、その意識が変わらなければ、暴力や暴言はなくならない。
●体罰はドーピングと同じ。短期的には一定の効果があるが、最終的には人間を駄目にする。
●体罰及び、罵声を浴びせるなどの指導では、子供が萎縮するばかりか、真にスポーツを楽しみ、上達させることはないと考えます!実際、試合中、他チームのコーチの目に余る声を聞き、選手たちがしたことは、審判に対して「死ね」と言ったり、どんな反則?事をしても勝ちさえすればいいというプレーでした!褒めながら、伸ばしていくコーチを見たときは、やっぱり、後者が素晴らしいと思いました
●自分の感情だけで子供達には、伝わらない。
●体罰に対して萎縮し思考力を奪う事に繋がる
●良い指導があれば、しっかり伝わる!
●体罰によって、何かが生まれることはないと考えています。体罰によって、人の心を動かすことは出来ない。何かを伝えたい為に、暴力をしている人には暴力を使わないで人の心を動かせる魅力ある人になってほしい…それが、真の指導者と思います。
●やる気があれば、伸びる。その事を気がつかせてあげれば良い。体罰では気がつかない。
●小学生年代はの基本技術とサッカーの楽しさを教えていくのが根幹になると思います。そのため、これらの指導に体罰は一切必要ない。勝つことの楽しさを教えることも必要ですが、勝利はあくまで二の次。勝てないから、試合中にミスをするから、そういうことで体罰を行うのは最悪。子供たちがのびのびとサッカーができないし、最悪サッカーを嫌いになってしまう可能性がある。
●ダッシュ等の罰ゲームも体罰?忘れ物したら腕立て10回 体罰?これらは指導の一貫と考えられセーフなら必要ないと思います
●小学生の時にリトルリーグで野球をしていましたが、30年以上前の時代いわゆるた体罰は当たり前のように行われていました。一部のメンバーはそれにより自分をふるいたたせていましたが、他の大半のメンバーは萎縮して試合では本領を発揮することが出来ませんでした。またその当時エースだった選手は肩が痛くても怖くて言い出せず、結果中学生の時には肩を壊して別のスポーツに携わる事になりました。指導方法や指導者によって、子供の将来が大きく変わってしまう事を自覚してほしいです。
●意味がない
●体罰を与えたとしても、子ども達のやる気や技術が上がるとは思えない。
●コーチング能力のなさを子どもの責任にすり替えている。
●サッカーの指導内容の中で、痛みを実感しなければいけない局面は無いと思います。
●殴られて、蹴られて楽しい、面白いとは誰も思わない。得手、不得手、得意不得意誰にでもある事。子供の成長は急なもの、そんな時は筋力がついていかないのでワンテンポ遅れたりする事がある。そんな事も全て理解し指導する、少し遠回りしても最終的に苦手なポイントも上手くなくとも努力して取り組む姿勢が身に着けばサッカー以外にも活かされることになると思います。違うところを少し褒めてあげるだけでも子供達は変わります。楽しく、元気にが基本ではないかと思います。
●息子がサッカー少年団に入っているが、小学生の時期に体罰は全く必要無いと思う。楽しさを教えるべき。
●体罰を指導の一環だというのは、指導者が自分は無能だと言っているようなもの。暴力で恐怖感を煽り自分の言う事を聞かせて、自分が安心してるだけ。それは人権を無視した行為であり結局育成には結びつかない。
●痛みをもって得るものはないと思うから。
●サッカーだけでなく全てのスポーツにおいて指導と言う枠の中での体罰は必要ないと思います。
●暴力をいかなる理由があろうとも、人としてしてはならない。体罰をした人は法的責任を取っていただく。
●体罰を与えて指導しても、子どもは「コーチや監督に殴られるから〇〇する」といった考えを持ってしまうし、子どもと指導者の関係も良好とは言えなくなってしまうから。
●体罰をうけてもサッカーはうまくならない。指導する側に指導力がないから怒鳴ったり体罰をするのではないかと思う。その方が楽だから…体罰は全く必要ない。
●体罰をしてまで指導(強制)する理由がない。サッカーをしたいのは子供であって、大人ではない。
●言われたからやっているだけで、プレイの必要性は理解できてないと思います。
●サッカーだけではなく、全体に言えること。体罰で上手くなるなら、皆やってる。 上手くならない上、指導者の事を気にしなければならならいプレーなんて面白みに欠ける。  そもそも、欧米等での体罰は犯罪という認識です。 体罰は必要ないです。
●話せばわかる
●体罰だともはや指導とかじゃなくて、ただのストレス発散にしかなっていない。
●サッカー(スポーツ,習い事も)の指導と、躾は分けて考えるべき。躾も体罰が必要なレベルは家庭の問題で、指導者に求めるのは色々難しいと考える。
●選手に対して暴力を加えることは、指導者の能力不足(説明能力、忍耐能力、指導能力)と考えます。叱ることは必要です。気持ちの入っていない時にはスイッチを入れることも必要です。でもそれは物にあたっても、選手にあたってはいけないと考えます。
●小学4年生の息子がサッカーを始めてから2年ですが、コーチたちはみなジェントルマンで落ち着いて的確な言葉がけをしてくれています。時にはまったく話を聞けない子どもに軽くお尻を叩く程度はありますが、このアンケートで体罰としているのようなことは全くせずに、子どもたちの指導をしてくれています。体罰というよりも暴力であって、指導のスキルをしっかりともったコーチにはそれは必要ないと思います。
●体罰を持ってやらされるサッカーに魅力は感じません。体罰を持ってしか教えられないのであれば、その指導者の技量に難ありと思います。
●褒めて伸ばすが大切だと思います。罵声や体罰は委縮するだけでいいプレイは出来ません。ただし、やっていい事、悪い事だけはきっちりと教えて選手が間違っていたら叱る(この場合は誤りを教えて正しい内容を)という部分は必要。叱り方も考えなければなりませんが・・・
●体罰によってサッカーが上達するとは思えないし、特に小さい時はサッカーを楽しくやる事が大切だと思う。
●体罰は大人の弱さをアピールしているようなもの
●やる気を削ぐより、やる気などを出させる努力が必要。
●そうしなければならない子が現れた時はクラブを辞めさせればいいだけの話。
 
 

 
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■サカイクに対していただいたコメントの一覧

●スペインでは、子供のクラブにもメンタルケアが組み込まれている時代に、サッカーに関して先進的なサカイクさんで、言葉の暴力を体罰の対象としないのは、おかしいと感じた。
●田舎では、監督は将軍様になっていて、保護者もこびりすぎ。また、トレセンのコーチもやっている監督なので嫌われてるとトレセンに呼ばれなくなるらしい。サッカーもよく知らず、タバコを子供の前で吸ったり、合宿で、酔って暴れたり、子供にはイジメを助長するような言動が多い最低な指導者が、トレセンを担うようなら、ない方がましである。サッカー協会も、管理できないならやめるべきである。
●まだまだ少年サッカーにおけるプレイヤーズファーストの概念が全然浸透していなくて残念です。直接的な体罰以外にも「言葉の暴力」なども特集して頂けると嬉しいです。
●強豪チームでは体罰や汚い言葉を使っているケースを良く見かけます。強いチームにしたい、個人の根性を研くには必要な場合もあるのかも知れませんが、それは一時的なものでしか無いと思います。指導を始めて10年を経てからではないと気付きませんでした。
●暴力(言葉による暴力も含む)は全ての年代で絶対に許されることではありません。しかし体罰(抑制された暴力)を否定しません。殴るにしても感情任せで殴るのと、力を抑制して軽く殴るのでは全然違います。一日で千里の道を駆ける時に牛と馬どちらに鞭を入れるか?答えは簡単、馬です。馬には目的達成の資質があるから鞭を入れるのですそれを暴力と考えるか、愛の鞭と考えるかの違いは大きいと思います。
●子どもを萎縮させて追い込む言葉の暴力も良くないと思います。もし、どうしても伝えたい言葉があったら、自分の親友にも言えるような言葉で伝えたいものです。
●体罰を行った指導者は、調査等をして指導者資格を剥奪する。若しくは、そういったチームは大会参加を禁止する。大会結果を剥奪する。などの厳格な対応を協会はしないといけないと思います。これは、指導者と保護者での体罰の合意があったとしてもです。小学校のスポーツ団体の場合、指導者がボランティアで行っている場合がほとんどです。その為、勝利至上主義がはびこり、体罰等が発生しやすくなります。それでも、ボランティアで見ている為、感謝して付いていく保護者等もいます。保護者は、そうった保護者を気遣って抗議もできません。結果、自分の子供を辞めさせる以外に選択肢はありません。
●あれだけ体罰がニュースになってるにも関わらず、息子のチームはいまだに体罰、言葉の暴力があります。息子は平手で叩かれ、投げ倒された経験があります。後は、バカ、アホ、へたっぴ野郎、足が遅い、使えない等の暴言息子は先生は怖いと言いますが、チームメイトが好きだから移籍等はしたくないといいます。コーチに言おうと思いますが、子供達に危害が及びそうで誰も何もいいません。嫌な人は何も言わずにチームを去ります。去らない人はただ我慢です。日本サッカー協会の暴力根絶窓口へ匿名で告発しました。「それは間違いなく体罰」と言われましたが、こちらが身分を明かさないと話を聞くだけで結局何もしないそうです。まだ低学年の子供です。今はまだ楽しくサッカーをして欲しいだけなんですけどね。
●体罰だけでなく、未だに給水の時間をとらせないで走り込みをさせるような指導者がいます。
●保護者兼コーチをしていましたが、コーチ自身の感情で叩いているように見えました。他のチームですが
●サッカー以外の事、一般常識にずれていることは、しっかり怒ります。叩いたり蹴ったりはないですけど。
●うちの子が入ってる少年団は小学校のチームで監督が地場の方です。昔から体罰で鍛えて強くなったようですが、最近はエスカレートして体罰問題が出てきてから手は出さない分、言葉の暴力が出てきました。後援会、保護者が立ち上がって話をしましたが、受け入れてくれず、逆に文句があれば辞めて結構です。と言う始末。 子供達は、友達とサッカーがしたいだけで耐えてます。  このような現場があるのは、県サッカー協会も知ってますが、、、改善する動きは全くありません。 私は、、あえて言いますが、日本代表の活躍は凄いと思いますが、子供達の育成をふまえて日本サッカー協会は底辺部まで目が行き届く組織にしないと沢山の原石が中学校ぐらいまでに指導者のモラルの無さでで潰されていると思います。もっと発想豊かで行動力があって”サッカー大好き”と言う子ども達を増やす努力を願います。
●親と指導者、統括する組織等の大人が、大人のサッカー(Jリーグ等、結果重視)と、子供のサッカー(育成重視)をはっきりと区別し、子供のサッカーに最も大切なことは何なのかをもう一度よく考える事。そしてそれを成す為の方法に知恵を出す事。これらを大人が共有することが出来れば、体罰等と言う現象はおきないと思う。
●自分の名誉に走り、とにかく勝つチームを目指すために、子供や親を平気で傷つけるコーチがいる事はとても残念です。この年代は将来サッカーを続けるための楽しさを教える事が一番重要なのではないでしょうか。
●肉体的だけではなく、言葉による暴力が多いです。子どもを否定する、罵倒する、一方的に追い込む、これらの言動は体罰と同じでサッカースキルを引き上げてくれません。言葉は見逃されがちですが、受け身で主体性のない子どもを育ててしまう危険性が高いので、メディアで啓蒙していただければと思います。
●体罰で、体に危害を加える部分だけが体罰としてクローズアップになっていますが、言葉の暴力・権力者の圧力など、今は形が変わった体には残らない、心(精神)に残る体罰の方が問題ではないですか。
●「体罰は必要か」という問がなされることが残念に感じます。いまだ是か非かを問う段階であるとすればなんら進展していないことになります。体罰を起こさないようにするには、どうしていかなければならないかを検討頂きたいです。コーチ自身の自助作用のみに期待できるものではなく、JFAの規定、あるいは警察力の利用も検討すべきと考えています。そもそも、「体罰」は的確な言葉でなく、「指導者をかたる大人による、子供への肉体的・精神的暴力行為・あるいは虐待」ととらえる必要があると考えています。
●パターナリズムの理念から体罰が行われているケースも、少なからずあると思います。何より、私自身プレイヤーだった時には、当時ご指導をいただいていた方に多少なりとも体罰に似たものを受けたことがあります。しかしもちろん私のことを思ってのこととは十分理解していましたし、その方のことは今でも恩師として慕わせて頂いています。ですが、法は危害原則でなければならない。暴力によって危害を加えられている以上許されるべき行為ではないと思います。
●褒めろ、おだてろ、調子に乗せろ、がコーチングの基本だと思う。
●子どものサッカーは、さっと始まって、練習や試合が終わったら、そこですべてお終い。必要なことはすべて練習で行い伝えれば良い。試合は練習の成果を見る『場』と考えられるかどうかだと思う。そこでできることや、できないことは、すべて練習の成果と見なせば良い。それができないと指導者は怒り、手が出たり長い説教になるのだろう。近隣地域のクラブでも練習や試合後の長い説教を毎回行うクラブがある。これは決して、子どもにとってプラスにならない。ある意味で、これも体罰に限りなく近いと思う。残念ながら、強豪クラブと言われている町クラブでも起こっている事例が、罰走や大きな声でのグラウンドへの挨拶など。何の意味があるのか、教えてほしい。少なくとも私のクラブではありえない。
●毎日殴られないかとても怖いです。子供自身がこのチームをやめることを拒みます。それは本当に脅すようなことを言われています。あと半年我慢していくしかありません。病院にいった子供達がいます。本当にひどい監督です。
●サッカーのプレイ以外で頬っぺたをひっぱたかれたことがありました。それも口で注意する前に手が出ました。年配のコーチで昔から手を出すと有名でした。
●子供が他の子達と一緒にサッカーをしたいと言うのでチームから離れることをしておりません。なんとかしたいと思っておりますが、コーチや他の保護者の考えなどもあり、一人で騒いでもチーム内で浮くだけですし、このまま卒業まで我慢するしかないのかと悩んでおります。
●パワハラは体罰ではないかもしれませんが、心の傷は大きいものです。相手チームで、椅子を蹴っ飛ばし罵声を浴びせるシーンも見たことがあります。
●体罰=身体への暴力なのかもしれませんが、その他に言葉の暴力の方が多くみられます。指導者の思い通りにならない時の暴力・言葉の暴力ほど、見ていて呆れるばかりです。そんな指導者を見ている親も今度は試合で勝てない事を指導者のせいにするという、負の連鎖が多くみられています。指導者が選手をリスペクトする気持ちを持たないと、選手も指導者や他の選手・保護者へ対してのリスペクトも持てないでしょうし、親も指導者へのリスペクトは出来ないでしょう。手をあげる指導者ばかりに目が行っていますが、親はどうでしょうか?陰で色々言ってる人も多いと思います。目に見える暴力、目に見えない暴力、どちらもやってる事はかわりません。それを見ている子供は、決して良い環境とは言えないと自分は思います。
●私、40代、中学校・高校と部活動におけるサッカー経験者です。高校時代は上級生によるシゴキが常態化しており、当初新入部員が50人以上いたものの、1年間で最終的には5~6人しか残らず、厳しかった思い出があります。今思えばそういう風潮の時代だったような気がしますし、今となってはむかし話しです。最近の少年サッカーの場面では、体罰はあり得ないと思っていましたが、1年ほど前に子供の試合中に相手チームのコーチ(父親)がミスした(自分の)子供をベンチ前に呼び付け、頭を殴り、暴言を浴びせているのを目撃しました。ショッキングでしたし、周りの子供たちが固まってしまいました。レフリーが制止してあげるべきでは?とも思いましたが、その時はそのままやり過ごされました。試合が終わりチーム内の父兄で『あれはやり過ぎだよね』と顔を見合わせたものです。どんな理由があれ、スポーツの場面で体罰が許されるべきではないと思います。
●桑田真澄氏の様な指導者が1人でも多くサッカー界に現れる事を期待しています。
●子どもが中学生になり中学サッカーの現場も見ることが多くなったのですが全体的に中学サッカーの指導現場では子どもは奴隷のように扱われている状況をどの学校でも見受けることがあります。特に自分は子どもと寄り添ってサッカーを楽しめばうまくなると思って指導をしているので余計に思うのかもしれませんがジュニアはコーチが指導していますが中学は先生が指導していることが多く先生は偉い=怒るのが当たりまえ=何してもいい(何いってもいい)=保護者は何も言えない。みたいな方程式が成り立ってしまっている気がします。※奴隷とは言い過ぎですが試合が終わって負けたら水分補給もさせてもらえずにすぐに集合。遅ければ頭ごなしに怒鳴る。先生の思うプレーができなければダメ。結果オーライ。同じプレーでも得点出来なければNG・ゴールすればなんでもOK。勝てば官軍負ければ賊軍って感じですかね。
●シニアになっても、サッカーを楽しんでいて欲しいです。体罰とは逆のご褒美も、同じなのでは?と最近、気になります。
●区No.1のクラブチームに所属していますが、この問題で悩んでいます。コーチの指導にむらがあり、100%安全して子供を預けられないのです。何度も繰り返し同じことを繰り返し教えて行くのはかなり大変だと思いますが、やはり暴力はなんの成長も生みませんし、なんと言ってもこの年代の子供たちはなんの抵抗も出来ません。やはり体罰は必要ありません!コーチは指導者であり大人なんですから子供たちのよき手本になってもらいたいです。
●少年団を主にサッカー知識をはじめ、少年指導の知識が皆無である大人がコーチと呼ばれ、指導者のまねごとを楽しんでいるケースが日本には多い。彼らはボランティアという立場を利用してコーチと呼ばせ、自分自身が強い立場であることから体罰を含めた行動が散見される。また、自分自身が受けた指導が絶対とした哲学で体罰を含む古い指導方法しかできない指導者が多い。
●私も指導者をさせて頂いておりますが、体罰はいけない事と考えて指導されている方が実際は、本当に小数だと感じています。何度か、見かけた事が有り、その方と話した事も有りますが必ずと言っていいほど体罰は絶対に駄目だと分かっている。自分のは体罰では無く、愛情が有るからだと言われます。私は、理解出来ません。
●壁にぶつかって悩んでいる子供達に暴力と暴言で指導しても何も身に付かない。つぶされてサッカーが嫌いになった子供達を何人も見てきた。その都度保護者側から話して改善を促すが長続きしない地方にはまだかなりそういうチームが見受けられる。サッカー協会ももっと地方にも目を向けて指導者への指導方法を徹底して貰いたい
●スポーツにおける体罰が今盛んに問題となっておりますが、問題になっているのは肉体的な苦痛を伴う暴力のみで、精神的な苦痛を与える言葉の暴力は全く対象になっていない。このアンケートもしかり。これでは、本当の調査にはならないのではないでしょうか。
●・体罰0(ゼロ)に向けての努力はしておりますが、まだまだ時間がかかりそうです。我が子供を上手にしたい、強くしたいという気持ちは昔も今も変わりません。お父さんコーチも更に勉強が必要ですね!
●今後とも良記事の掲載を期待しています。
●スポーツの現場から体罰が無くなることを切に願います。
●わたくしのチームにも以前いましたが、排除されました。
●指導者に対して体罰を止める様にはたらき掛けても保護者や選手本人の考えが変らない限り体罰は無くならないと思います。求めるものがいるから供給される物だと思います。しかしながら、体罰を根絶するように発信、はたらき掛ける必要はあると思います。
●直接殴る蹴るなどの手を上げていなくても、かつて在籍していたチームの監督に罵声、暴言で集中的にみんなの前で浴びせられ、また、息子だけ練習させてくれないなど、大人の理不尽なイジメにあい、笑顔がなくなり、移籍しました。移籍先では楽しくやっていますが、チームが試合でいいプレーができなくなったり、結果が伴わないと、連帯責任と言ってよく走らせたりしています。しかし、成長期に走らせすぎたり(コンクリートの上をスパイクで)などで、子供の将来より、今のことに腹を立てて見せしめ的にしているように見えて、納得行きません。
●こういう議論がもっと活発に行われるべきですし、スポーツ界全体の底上げに関わる重要な視点だと思います。
●言葉の暴力についても、取り上げて下さい。そちらの方が、子ども達のトラウマになると思います。
●体罰は対戦相手のチームのものを目撃したものです。
● 体罰が当たり前の時代の人は、それで生き残ったからこそ否定するのは困難。 指導者と支配者を勘違いし、選手を所有物のように扱い、思い通りにならないと、公式試合にもかかわらず、審判にまで暴言を吐く現場を目の当たりにし、がっかりしたことがあります。 試合中に、監督が携帯電話で話すのも目撃したことがあります。 能力の高い指導者は、プレイヤーズファーストですし、どんな人にもリスペクトを忘れません。 サッカーを生涯スポーツとして続けていくことのできるよう、保護者としては応援していきたいと思っています。
●指導者自身が体罰で育ってきた場合、その方法しか知らないと体罰を行うと思います。もっと、指導者は学ぶべきだと思いますし、学ばなくなったら教えることをやめたほうがいい。
●勉強しないコーチが多い。でも1番は、過保護をわかっていない親が半数以上。自分で出来ることは、自分でと言っても親が口を出す、親に説明しても治らない。そういう親ほど私は厳しいなどと勘違いしている。
●確かに、体罰や罵倒する事により、子供達をサッカーに向かわせる事は出来るが、自らを奮い立たせるようなメンタリティーを養う事は出来ないと思います。
●息子の所属チームでは体罰は皆無ですが他県のチームと試合をすると酷い光景を目の当たりにします。胸ぐらを掴み殴る蹴る罵声を浴びせる。まあ見てられません。相手チームの選手はドン引きで対戦相手が可哀想で試合になりません。ボールを奪えば相手選手が下げられて殴る蹴るだからです。有名で強いからといい、こんなチームを公式戦にエントリーさせて良いものか疑問ですね。
●子供をサッカーでぐんぐん伸ばす方法←本。が、なかなか自分も当てはまって気がつきました。子供に自信を付けて、自分達で考えてプレーする事が理想だと思います。
●強豪と言われている小学校チームでも、今だに暴力(言葉も含む)があり、指導者のレベルの低さが見られる。
●もちろん体罰(身体的暴力)もそうですが、言葉での威圧・暴力の方が子供たちの精神的ダメージは大きいと思います。
●日本のスポーツから、いかなる体罰もなくなることを願ってます。
●・直接的な暴力ではなくても、限度を超えた罰走や、試合後に炎天下で立たせたままの長時間の説教など、子どもの成長や体調管理を本当に考えているか、疑問に思うことが多い。・自分の地域でも、(外から見ると)暴力で統制することで非常に強い少年団(今年の全日にも出場した強豪)があり、外部からの告発で問題になっている。 個人的には、自分の子どもは絶対にそのチームには入れないが、その指導方法を知りながら、自らの子どもを入団させる親もいるわけで、外部の人間がとやかく言うことでもないとは思うが・・・
●子供の試合をよく見に行きますが、体罰とはいかなくても暴言が多々あると思います。「馬鹿かお前は・・・」「お前は自分の仕事がわかってない」などいった言葉を投げかけるには小学生には不適切ではないかと思います。大きい声で試合中に怒鳴られても子供たちは委縮してのびのびしたプレーはできないのではないでしょうか。
●練習試合に敗北後、コーチがゴールキーパーを引きずり倒し、殴る蹴るの体罰を加える姿が観客、保護者に目撃されていた。被害を受けた子はその後サッカーと聞くだけでお腹痛症状が出て、心理的にサッカーを続けることが出来なくなっており、優秀な選手の将来が潰されているという現実が、近くで起こってしまっていた。代表者が隠蔽工作までしようとしていたこともあり、目撃していたもの皆、空いた口が塞がらなかった。人間的に未熟なコーチ1人が混じることで、何の罪もない子供が不幸にも被害を受けてしまうという、悲惨なことが密かに起こってしまう現実がある。指導者を名乗るのであれば、少年サッカーレベルでも、必ず資格取得の上、定期的な講習を受け、当人の体罰に関するヒアリングを第三者機関への委託でもよいからやっていく必要があるのではないかと思料してしまうほどである。色々な媒体で、体罰の追放をドンドン進めていきましょう! コーチによる言葉の暴力、暴言ももってのほかだと思います。
●体罰は 絶対にあってはならないと思うが 多少の根性論は 必要だと思う ただ その線引きが 難しいと感じます
●サッカーを指導する上での体罰と、それ以外、例えば、危険な事をした。他人を危険な目にあわせた。人の道に反する事をした。などを戒める体罰と区別して考える必要があります。いずれにせよその場合でも、愛情ありきの体罰で、しかも体罰を受ける方がその事を理解しているかが重要だと思います。
●どんな競技にせよ、体罰には絶対に反対です。
●体罰ばかりが問題になっているが、言葉の暴力も取り上げて欲しいです。
●私自身は目撃したことはありませんが、息子から平手・頭つきなどは聞いています。目撃したことがあるのは言葉の暴力しかないです。
●野球の桑田真澄さんの体罰についての意見に賛成します。
●選手育成に関して、ケースによっては大人が叱る事はあっても良いと思います。しかし、その場合のペナルティに暴力は必要無いです。叱るではなく、大人が激昂して選手を怒る様は見苦しく、そうやって軍隊式に矯正された選手は、サッカーを楽しんでプレー出来なくなり、結果的にプレーの質が低下してしまうと思います。
●コーチ自身の伝える技術が足りないから体罰という形でしか表現できない。体罰はコーチの自己欲求を満たすだけ。まず自分自身が何故選手に考えを伝えられないのかをよく勉強するべき。
●その他、移籍をなかなかさせてもらえず、チームが変わってから1年間そのままで、新年度の更新時も抜かずにチームに在籍のままになっていました。
●体罰は必要ないが、怒ったり、叱ったりは時には必要だと思う。
●最近のサッカー現場では、体罰をふるう指導者の姿はあまり見かけなくなっていると思う。しかし、暴言を吐く指導者はいまだ多く感じる。手を挙げる事だけが体罰ではなく言葉による暴力もあり、体罰もむんだではあるが、むしろこちらの方が問題なのではないだろうか。
●体罰だけでなく言葉の暴力は行われています。けなすような言い方は体罰と一緒です。今うちの子の担当コーチはまさしく言葉の体罰です。あれでは子供はサッカーが嫌いになると思います。でも代表に話してもコーチ批判と言われます。
●いつも素晴らしい記事をありがとうございます。これからも、楽しみにしています。
●体罰ではなく、試合に出さない、他の子と違う練習をさせる、他の子と対応が違うなど子供がなんで?と思うような精神的なダメージは受けていたようです。こういうことも体罰と変わらないと思います。
●年代にもよるがスパルタ方式の場合一歩誤ると体罰になりかねないと思います
●今の子はすごく精神的にも体力的にも弱いとすごく感じます。貪欲さや悔しさなどもなく仲良しこよしでサッカーやってるのをみてると理解しがたい事があります。
●サカイク楽しみにしています。頑張ってください!!コンテンツを纏めて本にしてくれたら買います!
●サッカーより野球が好き。尾崎豊より矢沢永吉が好き。
●でも、最後は子供達との信頼関係だと思う。
●キッズ世代の母です。私がサッカー好きなので子供に押し付けてないか自問自答しながら応援しています。のびのびとプレー出来る様な声かけ、コーチング方法を教えて欲しいです。まだまだお父さん世代はスパルタ教育の時代です。考え方を少し変えてもらえると、とてもステキなサポーターになれるはず?熱心で協力的ですし。是非、各大会で保護者向けの講習会を開いて欲しいです。
●指導者は、サッカーのみならず、大人としての手本であるべきです。体罰に限らず、声をあらげて子供達を怒鳴り散らしたり、審判に文句を言うようなことは断じて許される行為ではありません。 指導者としての権利を剥奪すべきでしょう。
●根性論で人を動かすなんて時代が違うかと…厳しく指導するのと、暴力とでは全くの別物
●現在37才ですが、私が中学の頃などは水も飲ませて貰えませんでしたし、「部活は叩いた方が強くなる!」と思い込んで指導をされている教員の方達もいました。そういう流れから、今の日本のスポーツも変わり始めている段階ではないでしょうか。私も中学の時はビンタをされた記憶が有りますが、今は愛情よりも感情が強い体罰が行われていると思います。
●前チームでは、体罰がありました。スパイクで叩いたり、足で蹴られたり。負けると怒られていました。監督の言うとうりに動かないと怒られていました。子供たちは、自分で考えることをしなくなり、監督の言うとおりに動く操り人形のようでした。小学生までは、それでもよかったのですが、中学に入ると部活で落ちこぼれるようになるそうです。自分で考える力を養ってこなかったからです。小学生のうちは、強いチームだと褒められますが、中学になると、サッカーをやめてしまう子供が多いと聞きました。↑以上のようなことがあり、我が子は、違うチームに移籍しました。低学年のうちに移籍できてよかったと思います。今のチームは、体罰はなく、自分がどう動いてゲーム運びをするか?指導者も簡単に教えたりしません。誘導はしますが。子供の意見を尊重しながら教えてくれています。テクニカル系のトレーニングもしっかりしていると思います。親の過干渉は良くないと思いますが、人格を左右するような場合は、率先して、子供を守ったほうがいいかと思います。体罰は、本当によくありません。前チームは、まだ体罰があるようです。監視するよいシステムがあればいいのですがね。入会させてる親も、体罰を容認してるようですから。難しいですね
●以前、近所のチームの練習を見ていた時に指導者の練習の意図が伝わっていない選手に対してかなり厳しい言葉を浴びせている所を見ました。最後は『お前にはサッカーのセンスがまったくない!』と切り捨てるように言い放ちました。周りにコーチが3?4名いても誰もフォローもせず、言われた子供も半ば立ち尽くしていました。今回のテーマからは外れていますが忘れられない光景でしたので書かせていただきます。
●いつも楽しみに拝見させていただいています。子供達のサッカーに関わって10年ほどになります。小学生→中学生→高校生など段々上に上がると選手として求められているものが変わって来るようで、それをふまえて小学生のサッカーを見るとまた違う見方が出来、おもしろいスポーツだな、と感じています。個人の技術をひたすら追求する子、組織的?連携を大事にしようとする子、それぞれ、考え、動き、チャレンジする。勝ち負けだけでないおもしろさがあります。ただ、残念なのが、勝ち負けだけの保護者、試合中に指示を出す保護者、子供の成長(考える)のじゃまをしてる様にしか見えない方がいらっしゃいます。本当の意味での育成世代のサッカーの見方、考え方を示す良いサイトと感じています。今後とも期待しております。
●明らかな体罰(暴行)に対して、親が体罰を行った者を擁護するのか理解できない部分も多々あります。まだ何か隠されている事があるのでしょうか?推薦?
●勝利至上主義で子供も親もコーチも体罰の許容度の認識があっているならば、別にそういうチームがあっても良いのではないか?とも思う。程度の問題である。
●指導という意識でいるから肩肘はってしまうのかもしれません。サッカーを楽しむ場を用意し、共に成長する意識を忘れないことが肝要ではないでしょうか。大人も子供もサッカーを楽しむ仲間なのですから。
●基本、楽しくサッカーを好きになってほしいので、体罰は必要ない!
●殴って 怒って 選手が成長するのであれば、皆そうやってやれば良いそんな簡単な単純な方法で代表が育つ訳が無い。
●これからも、サッカーに関わる良い情報発信を期待しています。
●実際に見たわけではありませんが、子供の話でコーチが特定の子にボールをぶつけて泣かしたと、聞いたことがあります。コーチも人ですし、若ければなおさら自制が利かず、カッとなることもあるかと思います。親もそうなのですから...。思うように子供をコントロールなんてなかなか出来ませんから。ただ、だからといって黙ってやり過ごさず、親も、コーチと、子供と一緒に成長するような気構えでいないとと、考えます。
●うちの監督は体罰はないですが、試合中にかなり怒鳴ります。良い選手が集まってるのに、それで選手が萎縮して消極的になって…負けるはずのない試合も落としているように感じます。それで保護者の雰囲気もトーンダウンするし、選手間の仲もなんかギクシャクでバラバラになりつつあります。本当に辞めて欲しい。自分も1コーチですが、周りのコーチも監督なのでなかなか言えないでいます。選手のポジショニングをいちいち怒鳴って変えさせたり、人の話を聞け!とか、自分が教えてもいないことまで試合中に怒鳴って指導しようとする。もうこんなんじゃ子供達がサッカー嫌いになってしまいます。中学年までは自分らお父さんコーチが見てて、非常にいい雰囲気で高学年になって、強くなり始めたら、横取りするようにその怒鳴り監督が仕切るようになりました。どうしたらいいでしょう…。教えて下さい。。
●言葉による暴力も許せないものは許せない。また、暴力という訳ではないかもしれないが、子どもと同レベルの軽い気持ちで、子どもを『からかう』コーチを見ると、思慮のなさに悲しくなってしまう事があります。それで楽しめる子どもも多いことは確かだけれど、状況や性格によっては傷つく子もいるし、それでサッカーをやめてしまうかもと考えると、そんなノリでしか子どもたちの気持ちをつかめないコーチは能なしです。
●一人一人が局面を考えれるサッカーを目指しています。言う事を聞かない子が居れば問いかけるようにしています。指導者がさせたいサッカーに指導者が子供達を導いていく。それが、『指導者』だと私は思います。だから、体罰なんて必要ないと思います。
●サッカーは楽しくやるもの。うちのコーチはそう言っています。
●体罰をしていくとサッカーって辛いなと思ってしまうから、体罰はいらないと思います。しかし、厳しさは必要だと思います。コーチを舐めてしまって言うことを聞かないのも困りますからね。
●僕は小・中・高とサッカー部でしたが、体罰はいっさいありませんでした。手が出るというのは、指導者としての能力が劣っているとアピールするものと同じ。はずかしいこと。サッカーには、体罰をしているチームがないことを信じたい。
●お父さん審判でよく笛を吹いています。体罰ではありませんが、ベンチの大人の汚い罵声が気になります(幸い息子のチームではありませんが)子どもたちにとってコーチは絶対です。怒鳴られる都度ベンチを見る子どもたち。コートの中での判断は自分です。コーチの指示を仰いでいてはプレーは遅れるし、プレーも委縮します。たまに、逆に怒ってやろうかな?と思うくらい酷い言葉を子どもに浴びせてるコーチもいます。彼らをきちんと教育する場が必要と感じます。
●全くナンセンスな質問。必要と思ってやっている指導者はいないと思う。恐らくはストレス等も重なって、衝動的にやってしまう事があるのかもしれないが、それとこの質問は別問題。どうしたら衝動的な暴力行為が無くせるかを考えるべきでは?それすらもサッカーの現場ではまず見ませんが。
●試合などでは体罰よりも暴言に近い言葉の暴力の方が目につく
●最近、思うのが言葉の強さ、厳しい言い方も時には必要ですが、そればかりでは子供の心は離れてしまいます。子供によってはプラス面を言った方が伸びる子もいますから、できれば、その辺を見極めながら個人個人に違ったアプローチができると最高なのですが・・・。正直、ボランティアの少年団にはスタッフの数など限界もありますから、コーチ達のご苦労も大変なものだと感じるところもあります。コーチ皆さんが一生懸命真剣に取り組んでくださる姿は親には理解できます。ただ、子供には・・・。難しいですよね。
●殴ってわかるなら苦労しない。気合いを入れるのに、平手打ちなんてもってのほかだと思います。
●言葉による暴力も子供たちに悪影響を及ぼします。これは目に見えないことが多いだけに、深刻な問題と考えます。交流試合などで他のチームの指導者や保護者の声かけを聞くにつけ、それが子供をけなしたり尊厳を踏みにじるような言葉による暴力であることを認識していない人が多いことに気づかされます。こちらの問題も取り上げるべきと考えます
●体罰は全く必要ない。どんな教育にも「飴と鞭」は有効な手段かもしれないが、その「鞭」が体罰である必要は全く無いし、あるべきではない。「鞭」として鍛錬となる運動(グラウンド5周ランニング、等)は有効だが、それは体罰ではない。体罰に頼る指導者は指導者ではないし、その資格もない。
●時に厳しい口調が必要になることはあるかと思います。しかし暴力的な指導は、子供を導くスキルのないコーチの単なる逃げだと思います。
●過去には、練習試合で、子どもへ暴力をふるった保護者兼指導者がいた。指導してくれる人が減ってしまうという懸念事項もあるが、暴力はいけないということで、多数決で辞めてもらった。しかし、一部の人は暴力を正当化するものもあった。辞めても指導に入ってくる保護者だったので、大変であった。自分が暴力をふるわなければよいと考えたのか、子ども同士で暴力をふるわさせる態度を取ったため、総会決議をとって、謝罪をさせたが、その後の態度からも反省の様子はない。事件の当事者でないものが、自分には関係なければの考えからか、はっきりと暴力禁止の意見を述べないのが現実。
●体罰は絶対に不要です。体罰によって得るものは、最終的には憎悪だけです。
●ボランティア指導者の方の意識改革やレベルアップは保護者が望んでも難しい。
●体罰を指導の一貫として捉えている指導者は、自身の指導力の無さの弁明だ。子供の人格を尊重せずパワーハラスメント意外何物でもない。愛情があるからこそと言い訳を言うが、捻じ曲がった勝手な解釈である。指導者の試合でのコーチングを見ても、体罰を目にする機会はないが、言葉の暴力は氾濫している。それはコーチングの範疇を超え、思うようにことが進まないことへの憂さ晴らしにしか聞こえてこない。大半の指導者は閉鎖的で限られた世界の中で、モノを言えない子供達相手や、子供という人質を取られた保護者相手の環境で指導に当っているので、自らのコーチングについて客観的に評価される機会も少なく体罰や言葉の暴力が助長されてしまう。日本サッカー協会は指導者への指導に力をいれて欲しい。
●某高校男子バレー部における、監督からの平手打ちの動画をニュースで見たときは、衝撃的でした、、。信じられませんでした。主人(サッカーコーチ)も、あんなことをやられるのなら、息子を即辞めさせる。暴力で子どもを支配するのは絶対にやってはいけないことだ。といっておりました。でも、主人は「オレは殴られたことあるけどな(笑)」と笑いながらいっておりました。昔は当然のような事でしたね。息子が所属するチームは、監督及びコーチは皆穏やかで、チームでトラブルなど起きた場合は、イエロー、レッドカードを出します。保護者もあたたかく子どもたちを見守っています。体罰などありえません。体罰で育った子どもたちに、、プラスになることなどあるのでしょうか、、。怒られたくないからがんばる?と思いながらスポーツをして、伸びるのでしょうか、、。体罰が当たり前と思っている指導者がいるとしたら、絶対に間違いだということに気づいてほしいです。体罰撲滅!メディアから働きかけお願いしたいです。
●息子のチームは楽しいサッカーを教えてくれています。コーチ達は失敗しても次があると教えてくれ、試合中コーチからは失敗しない為の声掛けと、良いプレーの時に声掛けをしてくれます。コーチや親の言葉使いが悪いと選手同士の声掛けも悪くなると教えられました。相手チームのコーチが、バカだから出来ない!デブだから走れない!とか言うコーチがいました。対戦していて本当に嫌な気持ちになりました。息子のチームは罵声がありません。子供同士も惜しい!とか今のナイス!とか仲間同士が凄く良い声掛けをします。このチームを選んで良かったと思っています。
●レギュラー組とか AチームBチームとかで 親の熱が違うから コーチと言うより試合中の保護者の怒鳴り声の方が酷いですね!!殴っちゃうって言うのは 大人の社会でも訴訟問題になるわけだから ハッキリ言って問題外だと思います!!
●脱皮できない蛇は死ぬ       ニーチェ子供と共に成長できる大人(コーチ)にならなければと思います。コーチ同士、保護者との関係、色々ありますが、子供が主役を忘れないことが大事。冒頭にあるように、我々大人が脱皮(成長)ができなければ、身を引くべき。大人が変化を恐れてはならない。勝つことが子供たちの成長:喜びのトップであるとの考えを見直すことも必要。
●本当に取材という形ではなく見に行ってもらいたいです。私は毎回心を洗いに行ってます。
●ついつい自分の現役時代の話と比較してしまいます。今は『体罰』と言う言葉が目立っていますが、人生においての最低限の規律を身に付ける為にも愛の鞭は必要だと思います。
●つい自分の子供には、プレー以前のふざけたり・危険な行動で目に付くときには、頭をはたいてしまうことがある。ただし、他の子供やチーム全体がその場合は、『待つ』や『言い聞かせる』で、指導しています。
●サッカーを取り巻く環境は、野球や柔道と比較して恵まれているように感じます。それは、嘗ての日本のサッカーやその育成が未熟であることを認めて、海外の優れた方法論を取り入れたからだと思います。歴史やプライドのある競技では、なかなかこれが難しかったのだと思います。相撲、野球、柔道などでは、主管団体での不祥事も記憶に新しいですが、JFAがこれを免れているのも、同様の理由かもしれません。同じグランドで練習している少年野球の指導者からは、耳を疑うような暴言が聞こえてきますが、サッカーでは今のところそのようなことはありません。サッカー界には合理的思考や、健全なメンタリティーが育まれているような気がして安心します。一方で、この先中学・高校と、より勝敗にこだわる環境で、学校の顧問が指導する場面において、古く間違った指導がなされていないか一抹の不安はあります。
●体罰の定義が、幼稚すぎます。限定的に予想した結果を誘導しているように感じました。身体的なものは悪い、でもめに見えない精神的なものはいかがなものか、そこまで踏み込まないと本質にたどり着かないのではないか?疑問がいっぱいです。
●年齢やプレーレベルが上がるにつれ、ある程度の厳しさは必要かと思うが、暴力はいけないと思います。
●こんなアンケートをした管理者の方、議論の方向性が間違っていますよ!学んで下さい。体罰が許される余地などないことを学んで下さい。子供のモチベーション(上手くなりたい気持ち)に体罰は不要です。
● 今、体罰という肉体的な苦痛を与えることばかりがクローズアップされがちですが、言葉による暴力、試合や練習に参加させないといった罰則についてももっと注目されるべきかと思います。 子どもたちは大人の行動を見て、良し悪しの判断基準を作っていきます。子どもの成長に関わる大人には、言動に十分な責任を持つことが求められると思います。 体罰が必要と考える大人は、やはり成長過程で体罰を受けてきたからではないでしょうか。
●精神的な体罰、暴言などを耳にすることはごくたまにあります。そういった発言も体罰同様にあってはならないと思います。
●体罰も問題だが、実力主義の名のもとに、練習試合でさえ出場させてもらえない子供(小学生)がいる。これも心の体罰だと思う。諸悪の根源は大人の勝利至上主義であり、トーナメントによる全国大会、都道府県大会の存在にある。 
●Jの下部組織が体罰がなくても勝てるチームづくりができることを発信すべきと思います。
●小学生年代で、他チームとの試合等で、体罰を見かけることはありませんが、罵声を聞くことは多いです。(市内強豪チーム多数)。近隣では、低学年でリフティングを100回以上出来ないと試合には出場させてもらえないチームがあります。相手チームをリスペクトしていないと思われる言葉を相手チームの子供に聞こえるように自チームの子供へ言うコーチ、保護者もいます。近頃は、小学生年代で試合は必要なのか疑問に思うことが多いです。
●自分も根性論をたたきこまれた世代の人間ですが、結局おもしろくなくなってしまいサッカーをやめてしまった者です。ついつい子供にはきつい言葉をかけてしまいますが、それはさぼっている時や集中力がないときのみに限定しています。やはりサッカーは基本的に楽しくないと出来ません。
●4種のコーチ及び協会派遣の審判活動も行っています。「指導」現場いわゆるオンザピッチでの問題はないと考えます。チームメイトなどに迷惑をかける、指導者の言う事を聞かない、約束事を守らないなどの選手は、親(オフザピッチ)の「しつけ」がなっていないことの方が問題として大きいと考えます。特に、4種3種年代では・・・そのような選手は、試合に使わなければよいだけなのですが、チーム事情としてなかなか難しかったりすると、いわゆる大人に対して高をくくってしまうことになる。日本サッカー協会などが前提としている「選手」とは違う色々な「質」の選手がいると言う事実を見てみないふりはいかがなものか。「暴力」「体罰」がなくなる代わりに、言葉や態度での「人格否定」なら許されるのか?
●ある地域の招待試合に参加しましたが開催地周辺から集まっているクラブの指導者の子供に対する暴言が目につきました。体罰が問題視されていますが暴言も同様に許されるものではないと思います。指導者の暴言が酷いあまりに選手間でも仲間のミスを責める子供が多く励ます姿勢が見れませんでした。あまりにも寂しい光景で終了後、私たちのチームでは二度とその大会に参加しない方針を打ち出しました。
●体罰は目撃したことはないが、指導者が精神的に言葉で追いつめているのは見聞きしたことがある。「お前のプレーが仲間を苦しめている」や「ドリブルうまいのをアピールしたいのか」とか、それは体罰よりもタチが悪いのではないか?体罰には反対だが言葉の暴力も聴いてて嫌な気持ちになる。体罰同様もっと糾弾すべきではないだろうか。
●体罰と暴力は一緒。体罰で選手を育てる指導者は、自分がその程度の指導能力であると反省すべきでもっと勉強すべき。
●子供は誉めて育てる、ダメなことはダメと教える。サッカーの楽しさを知れば辛さにも耐えられる心を育成したい。
●息子のチームは、全国大会等に多々出場していた古豪でした。しかし最近は、指導方針が合わず結果が出ていません。と言うのも、試合中に静止させ「このへたくそが!」等、ビンタは当然でしたが、例の体罰事件より立場上もあり、肉体的な体罰は無くなりましたが・・・選手達をラジコン?のように、怒鳴り声で動かし、バカにする言動を今だにしております。周りで聞いてる人間も気分悪く・・・精神的苦痛=体罰? 今の指導法とギャップを多々感じる日々です。 このチームから退団したいんですが、本人達が仲間意識有り・・・なかなか決断出来ず。どうすればいいんでしょうか???
●指導者は、もっとカウンセリングやコーチング、心理学についてもっと勉強すべきだと思う。
●暴力は論外だが、体罰のすべてがダメだという風潮もどうかと思う。時には罰としての体力トレーニング等もありうると思う。また、今は問題となっていないが、「言葉による暴力」をよく見かける。青少年のメンタルへの影響ということを考えると、本質的に同類の問題として検討されるべきだと思う。
●現場にかかわる大人が、どうすれば選手がのびのびと楽しめて成長できるかを考え続けることをしなければいけないと思う。
●相手が小学生なら、体罰はもちろんのこと、言葉による精神的苦痛にも配慮してもらいたい。監督が嫌=サッカーが嫌に通じるので。
●問題は体罰だけではありません。部活至上主義も間違っており、中学の部活動では疑問が多々あります。まず、活動時間の長さです。夏休み中は休みが3日程しかありませんでした。しかもほぼ8時から18時までです。中学生の体はそれに耐えられるように出来ているのでしょうか。筋肉を酷使した後には、それらを休める必要があるのに、指導者は全く気にしていません。ただ鍛えれば良いと勘違いしている指導者が多すぎます。この勘違いが将来、成長した子どもたちの怪我の原因になっていると感じています。疲れ切った中学生が常に思うように動けるとは思いません。指導者はもっと勉強する必要があると思います。学校の教師が指導するには、知識も認識も甘いと思います。指導者の育成がクラブチームだけではなく部活動にまで広がる事を願います。
●体罰という言葉を使うと難しいが、指導とはいえない部分で言葉で子供の心を傷つける事もある。
● 体罰が引き起こされている状況として、自分の指導法が子供達に浸透していない、結果がでていないことへのイライラや、サッカーの指導以外の部分で、子供達に怒りを覚える(話を聞かない、そもそもサッカーがうまくなりたい気持ちがない)などが考えられないでしょうか。 純粋にプレーがうまくいかないから暴力を振るっているのか(体罰)、上記理由みたいなのを力で制圧しようとして暴力を振るっているのか(単なる暴力・暴行)をしっかり伝えられなければならないと思います。
●殴る蹴るだけでしょうか。私がよく目の当たりにするのは、言葉。そんな言葉で伝わるのか。強制的にやらせたところで子ども自身のためになっていない。指導者をやられている方は社会的地位もあるはずなのに。自分に置き換えてみたらわかるはずなのに。
●反復させて練習させることを体罰というくくりにしてしまうのはどうかと思うし、キーパー練習で強いシュートを打つことも体罰ではないと思う。単純に殴る蹴るはだめだと思うけど、厳しい練習も体罰にならないようにとりあげないと、強い選手は育たない気もします。
●体罰を目撃した事はないが、大会で暴言を耳にする事は毎回あります。子供達が萎縮してプレーするのがわかり、心が痛みます。体罰だけでなく暴言もなくさなければなりません。そのためには指導者だけでなく、保護者の意識を変える必要もあります。もっと厳しく指導して下さいと、いう保護者もいますから。
●殴る蹴るのみならず言葉も体罰の対象となる。先日、自チームの選手が反則の繰り返しで「次やったらイエローだ」と審判から試合中に注意されて泣いていた。相当威圧的だったようで他選手も怖かったと証言している。反則の繰り返しはもちろん注意の対象であるが、威圧する必要はなく普通に注意を与えて最終的にイエローを出せばよく、それが選手のためにもなる。
●自分の感情をコントロールできない人には、コーチをするべきではないと思います。
●指導者の中にはボランティア的な存在の教職員もいて子供の方が絶対手をあげないのを分かった上でなめた態度の子供がいるのが悲しい所です。
●勝ち負けだけでは、個人の基礎向上は難しい。
●負け試合後に子供たちに「下手!」、「死ね」、「サッカーをやる資格はない」などの暴言で責めているコーチや監督はよく目にします。これもある意味暴力ではないでしょうか?
●少しづつ意識を変えるためには、こういったアンケートも重要だと思いましたので答えました
●体罰よりも、言葉の暴力のほうが、よく見受けられます。発した言葉尻に「アホか」「ボケ」と言うコーチも他のチームで見かけます。試合で熱くなるのはわかりますが、如何なものかと思います。やはりそういった言葉を浴びせられると、顔色をうかがったり、考えて行動できなくなってしまうと思います。
●体罰はないが言葉の暴力はよく見かける。子供達が可哀想です。
●過去に所属していたチームで、自分の意にそぐわない行動をした子どもにボールをぶつけたり、おしりを蹴ったりする指導者がいました。周りの子どもたちがその事実を自分の親に伝え、発覚したのですが、当の本人(体罰を受けた子ども)は親には何も言わず、親が「〇〇コーチに蹴られたんじゃないの?」と聞いても、話をそらして返事をしませんでした。その子は、親に話してしまうとまたコーチに何かされるのではないか、もうサッカーを続けられなくなるのではないかと思い、誰にも相談できなかったそうです。結局、問題を解決することもなくそのままになり、私自身もそのような指導者に子どもを預けるのは不安だったので、別のチームへ移籍しました。
●体罰でなくても、試合中ひたすら罵声を浴びせるチームも結構います。消えろ!バカ!パスなんて10年はえーんだよ!ずーっとガラガラ声で怒鳴っててうるさいです(笑)
●体罰は見たことがありませんが、暴言的なことを言う指導者は、たまに見かけます。
●私は小学生のコーチなのでその目線なのですが、小学生という子ども達の大切な育成期間に、手を挙げてまで勝つ為や何かを伝える為に指導しようとは思わないです。そういった事よりも楽しむ事や、子ども達自身が試合などを通してもっと練習して成長しようと思うような夢中になれるようなサッカーを伝えていくべきだと思います。指導者はあくまで子ども達の成長を望んで、子ども達が勝利を望むべきだと思います。
●勝つための指導に暴力が必要とは考えられない。自分の子供時代を思い出すと、それで過度な緊張で試合の時失敗した覚えがある。子供にはそのような思いをして欲しくないと思います。
●少年サッカーチームで子供と一緒に練習しております。思うように子供達がいう事を聞かない時、試合で結果が出ない場合など、イラツク事もありますが、体罰を持って接しようと思ったことはありませんし、必要と感じたこともありません。そもそも子供達を従わせようと思っていること自体が問題ですし、従わせる必要も無いと思っています。自分で判断してプレーを楽しむのがサッカーの基本ですから。練習メニューの改善、声掛けの仕方の改善など自分側の改善で子供達がもっと真剣に取り組み始める方法が何かあるのではないか?と考えます。また他の指導者にも相談することで、良い意見を得られるかも知れないので、一人で上手く行かないことを抱え込む必要は無いと思います。
●ドイツで子どもたちにサッカーを教えていますが、体罰を下さなければならないほど、子どもたちはバカではありません。言ってきかない子は辞めさせればいいだけのこと。日本は月謝やらなんやらでクラブ側は辞められては困るという環境がそもそもいけないと思う。何回言ってもダメな子は早急にクラブから去ってもらえれば、体罰などそもそも下す必要はないと思う。
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文/サカイク編集部

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