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いつも私を見ていてくれる。その思いが子どもを伸ばす

公開:2014年6月11日

キーワード:なでしこ指導育成

ベトナムで開催された第18回AFC女子アジアカップで見事に初優勝を果たしたなでしこジャパン。この大会は来年開催されるカナダ・女子ワールドカップの予選もかねているため、今回手にした優勝トロフィーは、すなわちカナダ行きの切符にもなります。W杯連覇を目指したなでしこ達の新たな挑戦が始まったのです。彼女たちの活躍を観て、これからなでしこジャパン入りを目指す少女がさらに増えることでしょう。
 
今回は安藤梢(1.FFCフランクフルト)や鮫島彩を育てた故・阿満(あみつ)憲幸さんの知られざるエピソードです。女子サッカー指導者の鑑と言われる阿満さんの指導法には、親として娘を育てるためのエッセンスが凝縮されています。
 
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サカイク女子キャンプの様子
 
(取材・文/上野直彦)
 
 

■女子はマンツーマンで接してあげる

「このチームの練習は、おもしろい!」
 
男子チームにまじってサッカーをやっていた少女が、それに飽き足らず女子チームにも入団するために、父親と練習見学に訪れたのが河内SCジュベニールでした。少女は練習を見てすぐに加入を決めました。それが当時10歳だった安藤梢です。
 
河内SCジュベニール(栃木県・宇都宮市)は、1992年10月に阿満監督が自ら作ったチームです。当時もまだ女子チームは少なく、サッカーをやりたい女子は男子の中に混ざってやるしかありませんでした。その場合、かなり上手な選手でないと続かず、大半の女子は大好きなサッカーをあきらめて、他のスポーツへ移っていくというのが現状でした。
 
阿満監督の娘さんもその一人でした。4年生になると学校で部活を選択しなければならず、サッカーを辞めようとしていました。もともと少年チームを指導していた阿満さんは「娘のためになんとかしてやれないか…」と考え、その思いで作ったのがジュベニールでした。スタートはたった7名でしたが、阿満さんのきめ細やかで丁寧な指導が噂となり、選手は少しずつ増えていきました。ちなみに『ジュベニール』とはポルトガル語で「若さ」という意味で、これから始まるチームにふさわしい名前でした。
 
阿満さんの指導の特徴は大きくいえば3つあります。「いつも子供目線」、「手取り足取り」、「一人ひとりに違った練習」です。少女にアドバイスや指示を与えるときは、いつも腰をかがめ、子供の目線で話かけました。話す内容も難しいことはあえて言わず、その子の理解に合わせて説明します。ただし、子供は時々分かったふりをします。そんな時は、「今の本当に分かったのか? じゃ、どういう内容か説明してみろ」と、子供たちが完全に理解するまで説明を繰り返したそうです。
 
また、例えばキックの練習でも、
 
「いいか、インサイドキックというのは足の内側の…」
 
阿満さんは子供の右足をギュッとつかみ、内側の一番へこんでいる部分にボールをあてて、
 
「ここだ。ここにボールをしっかりあてるんだぞ」
「よーし、次は軸足だ。左膝をゆっくり曲げて。そう、もっとリラックスして」
「それでいい! バランスもいいぞ」
 
と、その教え方はほぼマンツーマンに近い形でした。インステップキックやトラップを文字通り手とり足とり教えてもらったと、安藤や鮫島も話しています。阿満さんの指導法はなにもサッカーの指導だけではなく、たとえば勉強や習い事にも通じる教え方だと思われます。親として子どもに接する際の参考になる部分も多いはずです。
 
また、阿満さんは一人ひとりに合ったやり方で教えてくれたそうです。そうすることで、最初のころはインステップキックを蹴れなかった子どもたちも、やがて全員が蹴れるようになりました。自分がうまくなっていることを肌で感じることで、子供たちは練習そのものがたまらなく楽しくなります。チームの雰囲気も良くて、チームメイトはまたたく間に20名近くに膨れ上がったそうです。
 
「とにかく楽しくて仕方なかったです。ジュベニールでしっかり基礎技術を身につけたお陰で、私は大きく成長できました。それは、なでしこジャパンに入った今でも役に立っていますね」(安藤梢)
 
安藤だけでなく、阿満さんの教え子の多くが短期間で急成長を遂げていきました。
 
 

■「いつもわたしを見ていてくれる」と思わせる

阿満さんにはある口癖がありました。
 
「練習で泣いて試合で笑う」
 
この言葉を、子供たちは練習中に何度も何度も聞いています。練習では情熱的で厳しい方だったようでが、叱る時であれ、褒める時であれ、いつもそれが「具体的」だったのも特徴です。「どの部分が」「どういった理由で」「何故そのプレーにつながっていったのか」を、子供たちにディテールで説明していったのです。
 
例えば、試合に負けたとき、一人ひとりにどこが悪かったのかをアドバイスします。
 
「さっきの試合、消極的すぎないか。ドリブルが得意なのに、なんでもっと積極的に仕掛けないんだ」
 
一人ひとりに話しかける姿勢は、褒める場合も同じです。
 
「前半20分、前にスペースを見つけて思い切って飛び出したな。ゴールにはならなかったけど、あれはいいぞ。ああいうプレーを続けるんだ」
 
隠れた長所や欠点は他人から指摘されないとなかなか気付きません。それは大人も同じです。子どもたちが気付いてない部分を、ちゃんと見抜いて細かく声掛けをしていったのです。
 
また、結果に関わらず、試合後に必ず選手一人ひとりに課題を与えていたそうです。ある試合で、鮫島(当時FW)が右サイドでボールをもらって、左に流れて監督から「シュートを打て!」と言われたのに、右利きだったため左足でシュートを打てなかった時がありました。試合には勝ったのですが、阿満さんから「明日から左も練習しような。いっしょにやろう」と提案された鮫島は、早速次の日から左足での猛練習を始めたそうです。それもあって、彼女は日本代表では左サイドバックとして大活躍しました。こういった阿満さんの具体的なアドバイスは、なにも鮫島だけに向けられたものではなく、選手全員に公平に与えられるものでした。試合でいいプレーをした選手にはあえて悪い部分を、ミスした選手にはあえて良かった部分を指摘しました。そうすることで、子どもたちは「いつも私を見てくれている」と感じるようになります。特に女子の指導においては、この気配りが大事だそうです。子供たちのヤル気を上げる意味でも大きな効果がありました。また、サッカーにおいて試合からのフィードバックは何よりの教科書です。
 
脳科学においては、学習は「予習」よりも「復習」の方が大事だと言われています。勉強においても、この点を重視すれば結果につながりやすくなります。家庭においては、このあたりも参考になると思います。
 
阿満さんのやり方は、すぐに成果として現れました。チームは結成から半年で出場した関東大会で、初出場ながらベスト8をマーク。数年後、安藤が小学6年生になった夏には全国少女サッカー大会に出場し初優勝。彼女は大会MVPも獲得しました。その体験から、小学校の卒業文集には「世界一のサッカー選手になる!」と書いたのですが、16年後のドイツ女子W杯では見事に実現させています。
 
 

■「いつも子供目線」「手取り足取り」「一人ひとりに違った練習」は親も心がけるべき

練習や試合では大きな怒鳴り声をあげるどきもこともあったという阿満さん。ところがサッカーを離れると「普通の優しいおじちゃん」(安藤)だったといいます。
 
そんな阿満さんが大切にしていた指導法がもう一つあります。それは選手の家族とのコミュニケーションでした。これも女子の育成では大事な要素なのだそうです。
 
ジュベニールでは、みんなで遠征に行ったり、サッカー以外の行事も沢山行いました。なかでも好評だったのが、阿満さんの奥さんが作る餃子パーティ。試合で勝利した時のご褒美はいつもこれです。特に安藤は奥さんの作る餃子が大好きで、一度に30個以上(!)食べたこともあったそうです。
 
子供たちにとってサッカー以外で楽しい思い出を作ることは、指導者として大事な要素だと阿満さんは考えていました。対戦したチームの関係者から、ジュベニールはまるで一つの家族のような雰囲気だったと話します。
 
安藤は、いまは亡き恩師を振り返って言います。
 
「ドイツのワールドカップで表彰台に上がった時、(鮫島)彩とも話したんです。このスタジアムに阿満さんがいるねって。いつも私たちを見守ってくれてるんですよ」
 
今でも安藤や鮫島は、どんな大会にのぞむ時も、必ず阿満さんに勝利を捧げるという気持ちで臨んでいるそうです。
 
現在、河内SCジュベニールは阿満さんの意思を継いだコーチや奥さんによって、今も強豪女子チームです。阿満さんは女子サッカーの「指導者の鑑」として尊敬を集め、奥さんの元にはいまでも教えを請いにくる指導者が絶えないそうです。なでしこジャパンの栄光は、阿満さんのような育成年代の指導者の存在抜きには語れないのです。
 
今回取り上げた「いつも子供目線」「手取り足取り」「一人ひとりに違った練習」という阿満さんの教えは、指導者特有の話ではありません。親と娘とのやり取りにおいても大きなヒントになると思います。ご家族の方にとって、サッカーから得た学びは、じつはサッカー以外の場面でも使えるのです。今も色あせない阿満さんの指導法は、多くの示唆に富んでいます。
 
 
上野 直彦
兵庫県出身。サッカー新聞エル・ゴラッソでは大宮アルディージャを担当していた。女子サッカーを長期取材しており、少年サンデーで連載された『なでしこのキセキ 川澄奈穂美物語』の原作者。また、大儀見・宮間選手らの育成年代を描いた『なでしこの誓い』(学研)が好評発売中。
Twitter ID: @Nao_Ueno
 
 
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●日程
2014年8月6日(水)~8日(金)
6日集合時間⇒13:00 8日解散時間⇒12:00予定
 
●開催・宿泊会場
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千葉県安房郡鋸南町大穴1032
※東京駅から貸切バスの運行を予定しています。
 
●対象
小学校4年生~6年生、中学1年生~3年生
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取材・文/上野直彦 写真/サカイク編集部

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