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インタビュー

サッカーで勝つために、どうしたらいいか?をいつも考えていた。山田大記(ジュビロ磐田)

2012年10月 3日

キーワード:ジュビロ磐田

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明治大学3年時、ユニバーシアード日本代表に選出され、見事銅メダル獲得に貢献したジュビロ磐田の山田大記選手。プロ1年目から背番号10を任せられ、2年目の今年からはチーム最年少のゲームキャプテンに選出されました。今回は、そんな山田大記選手の小・中学生時代のエピソードを中心にお届けします。
 
 

■技術はジュビロのスクール、戦術は浜松市の選抜チームで身につけた小学生時代

――山田選手がサッカーを始めたのは?
 
「もともと外で遊ぶのが好きな子どもだったのですが、通っていた幼稚園にサッカークラブがあったこともあり、4歳の時に両親にすすめられて入りました。それがサッカーを始めたきっかけになりましたね。その頃、ちょうど父親の仕事の都合で名古屋にいたんですが、5歳の時に静岡に戻ってきてからは、幼稚園にあったサッカークラブ、ヤマ・スポーツクラブとジュビロのスクール(ジュビロSS浜松)に入り、小学3年生頃まで両方のクラブに通っていました」
 
――その後、ジュビロSS浜松のみに絞ってプレーするように?
 
「小学4年生の頃から浜松JFCという選抜チームに入ってプレーすることになったんです。その練習が週に3回くらいあって、次第に月・水・金が浜松JFC、火・木がジュビロSS浜松という流れになり、ヤマ・スポーツクラブの練習に参加する余裕がなくなってしまって。たまに遊びに行かせてもらうことはありましたが基本的にはジュビロと浜松JFCだけという感じになっていきましたね」
 
――当時、どんな練習をしたか覚えていますか?
 
「ジュビロでの練習は技術的な練習が多かったですね。小学5年生くらいまでは、技術的なトレーニングを中心に練習を大事にしていたため、同年代の大会にはほぼ出場しませんでした。一方、浜松JFCは全国優勝するために集められた選抜チームだったので、小学生ながらも戦術的な練習をたくさんやりましたし、いろいろなフォーメーションを試したり、このフォーメーションの時はこういう部分がストロングポイントだという説明を受けたり……、とにかく勝つための練習をたくさん行いました。ジュビロと浜松JFCの練習は本当に対照的でしたね」
 
――でも、対照的だったからこそ、楽しんでサッカーに取り組めたという部分もあったのでは?
 
「すごく楽しかったですね。今も技術的な部分はその時代にジュビロで積み重ねたものが生きていると思いますし、早い時期から戦術的な部分を浜松JFCで経験させてもらったことで、サッカーがどういうものかを小さい頃から考えることができました。対照的な2つのチームで並行してサッカーを続けてきたからこそ、今の自分があると思います」
 
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■学校生活がきちんとできなければサッカーを続ける資格はない

――その頃から将来プロサッカー選手になろうと考えていましたか? また、憧れの選手はいましたか?
 
「僕が幼稚園でサッカーを始めた時にJリーグが開幕したんですが、当時からJリーグは夢の舞台でしたね。最初はチームならヴェルディ、選手ならカズさん(三浦知良)が好きでした。その後、僕自身もジュビロの下部組織でプレーしていましたし、トップチームが強くなってきたので、ジュビロを応援するように。中山(雅史・現札幌)さんや藤田(俊哉)さん、名波(浩)さんがすごく好きで、友だちと一緒によくヤマハスタジアムに試合を見に行きました」
 
――小学生くらいの頃、自分はどんなプレーが得意で、ここを伸ばしたいと考えることはありました?
 
「具体的にここをこうしようということは考えていませんでしたが、幼稚園の頃から負けず嫌いだったことはよく覚えています。練習の最後にやるちょっとしたゲームで負けただけでも泣いていたぐらいでしたから。だから“どうやったら勝てるんだろう”ということはよく考えていたような気がします。自分はこのプレーが得意だからこれをしようっていうのではなくて、とにかく勝つためにどうしたらいいかって」
 
――サッカー以外の面でも負けず嫌いだったのですか?
 
「基本的に負けず嫌いですね。勉強をものすごく頑張ったというわけではないけれど、たとえば赤点をとって、サッカー部だからとバカだと思われるのもすごく嫌だったので、高校は進学校だったのですが、そういう環境に行かせてもらったからには多少勉強はしたような気がします」
 
――サッカーと勉強の両立は大変ではなかったですか?
 
「中学時代に両親との間で2回連続何点以下をとったら塾に通うという約束をしていたのですが、中学2年の途中でそうなってしまって。そこから塾に通いましたね。サッカーは本当に遊びというか楽しんでやるものだと思っていましたし、塾も嫌なところではなく遊びに行くぐらいの感覚で行けるようなところだったので、すべてが楽しかった。忙しいとか大変だという感覚はまったくなかったですよ」
 
――山田選手がサッカーを続けることに関して、ご両親はどのように協力してくれましたか?
 
「ジュビロのスクールはすべて送り迎えが必要で、そういう部分では本当にすごく支えてもらったなと思いますが、サッカーそのものに関して口を出されることはあまりありませんでした。ただ、ふてくされて地面を蹴ったり、礼儀に欠ける部分があると怒られましたけどね」
 
――山田家の教育方針があれば教えてください。
 
「基本的には小さいながらも、僕自身の意志を尊重してくれていたような気がします。サッカーを続けることに関しては応援してくれましたし。特別優秀じゃなくてもいいけれど、先生に怒られたりするような、目に余るような行動をしたらサッカーをやらせないと言われたことはあります。すごく真面目な子どもだったかといえば、実はそうでもなくて、先生に呼び出されるまではいかなくても、よく親に連絡がくるような子どもではありました(苦笑)。たとえば、みんなでサッカーをやってガラスを割ってしまったとか。
 
よく言われていたのは、学校生活がきちんとできないのであれば、好きなサッカーをやる資格はないということ。でも、高校や大学に進学する時、そしてプロになる時も、進路の選択に関しては、すべて僕の判断に任せてくれて、ほとんど何も言われることはありませんでした。そういう意味では、僕が決めた道をいつも温かく応援してくれていたのだと思います」
 
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■試合に出られない時こそ、見ている人は見ているから一生懸命やることが大事

――山田選手が初めて感じた“壁”は?
 
「小学時代は全国優勝も経験しましたが、中学になって、1年の夏から3年の夏まで、チームで試合に出られなくなったんです。サッカー自体を嫌いになることはなかったですが、その時期は本当にすごく悔しい思いをしたというか、イライラしながら過ごしていました。それは周りも感じていたようで、中3の夏に試合に出られるようになった途端に生活態度が急に変わった、穏やかになったと、学校の先生が言っていたそうです」
 
――先ほどもお話されていたように、負けず嫌いの山田選手。
性格上、試合に出られない状況と気持ち的に折り合いをつけることは大変ではなかったですか?
 
「もう認めてなかったですよね。試合に出られなくても、自分のほうがうまいと思っていたし、だから“なんで出してくれないんだ”という気持ちのほうが強かった。今になって振り返ると、中3の夏から試合に出られるようになったのは、単純に僕の身体が小さかったことが関係していたみたいで、中3の夏にようやく身長も伸びてきて、スピードも中学生レベルに達した事で徐々に出してもらえるようになったのだと思います」
 
――ご両親やこれまで山田選手にかかわってきたコーチなどの言葉の中で印象に残っているものはありますか?
 
「これまで一番ツライと感じたのは、試合に出られなかった中1夏から中3夏の2年間でした。もちろん、自分の性格上で負けを認めたくないから頑張れたというのもあるかもしれません。あと、小・中学とジュビロの練習から帰る車の中で、“見ている人は見ているから、こういう時も一生懸命やることが大事だよ”とか“今、身体が小さくて試合に出られていないけれど、それは必ず後からついてくるから”と励ましてくれた両親がいたからこそ頑張れたのかなという気持ちも強いですね。僕がネガティブになったり、可能性を閉ざされた気持ちにならなかったのは、ツライ時期にそういう言葉をかけてもらったことがすごく大きいと思います」
 
――では、今は何事もポジティブに捉えられる?
 
「そうですね。ほとんど悩まないです。納得のいくプレーができなかった試合の後も、悩んでも10分くらいかな。“何が悪かったのか”“次どうすればいいのか”と考えることはあります」
 
 
続き(高校時代からプロに至るまでのエピソード)を読む>>
 
 
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山田 大記//
やまだ・ひろき
MF。1988年12月27日生。静岡県浜松市出身。ジュビロ磐田所属。ジュビロ磐田の下部組織ヤマハジュビロSS浜松でジュニアユースまでプレーし、高校は静岡の名門藤枝東高に進学。その後明治大学へ進学し、1年の時からリーグ戦に出場。大学卒業後はジュニアユースまで所属していたジュビロに入団。2011年、1年目にしてジュビロ磐田の背番号10を任されるなどシーズン前から期待をされ、第2節以降スタメンに定着。キレのあるドリブルやパスで勝利に貢献し、第10節のモンテディオ山形戦ではプロ初ゴールを挙げた。
 
【この記事を読んだ人にはこちらもオススメ!】
注目の司令塔、山田大記(ジュビロ磐田)のスーパープレー集
 
駒野友一(ジュビロ磐田)インタビュー記事
必死にボールを追いかける子どもたちの姿は今も昔も変わらない
ジュニア世代の選手たちには、ぜひ、勉強とスポーツの両立を頑張ってほしいです!!
 
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取材・文/石井宏美 写真/新井賢一

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