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楽しまなければ勝てない~世界と闘う“こころ”のつくりかた

2018年11月28日

女子駅伝の四つんばいゴールは美談か? 「選手が勝ちたがっている」が理由にならない根拠とは

キーワード:スポーツマンのこころスポーツマンシップ勝利至上主義指導者非日常

サッカークラブや各種スポーツ団体を対象に「スポーツマンのこころ」と銘打つ講義で、一流アスリートになるための心得を伝え続ける岐阜経済大学経営学部教授の高橋正紀先生。ドイツ・ケルン体育大学留学時代から十数年かけ、独自のメソッドを構築してきました。

聴講者はすでに5万人超。その多くが、成長するために必要なメンタルの本質を理解したと実感しています。

高橋先生はまた、「スポーツマンのこころ」の効果を数値化し証明したスポーツ精神医学の論文で医学博士号を取得しています。いわば、医学の世界で証明された、世界と戦える「こころの育成法」なのです。

日本では今、「サッカーを楽しませてと言われるが、それだけで強くなるのか」と不安を覚えたり、「サッカーは教えられるが、精神的な部分を育てるのが難しい」と悩む指導者は少なくありません。

根性論が通用しなくなった時代、子どもたちの「こころの成長ベクトル」をどこへ、どのように伸ばすか。これから数回にわたってお送りします。「こころを育てる」たくさんのヒントがここにあります。
(監修/高橋正紀 構成・文/「スポーツマンのこころ推進委員会」)

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※写真はサカイクキャンプです

■女子駅伝の四つんばいゴールは美談にしていいのか

11月25日の全日本実業団対抗女子駅伝で、選手本人に続行の意思があったとしても審判員の判断で「走行不能となった場合は中止させる」との文言が競技規定に追記されました。大会は何事もなく終了しましたが、お陰で選手は過度なストレスなく走れたことでしょう。追記がなければ「這ってでも走らなくては」と思ったかもしれません。

10月、女子駅伝の終盤に選手が骨折のため転倒し、残り約200メートルの距離を四つんばいで進むアクシデントがありました。選手は審判に「あと何メートルですか?」と尋ね、距離がわかると「行かせてください」と自分の意思で進みました。


所属チームの監督からは棄権させてほしいと要請がありましたが、それが審判団に届くのに時間がかかり、本人が続行の意思を示したため最後まで続けさせたのです。

一般の方々にとって、駅伝といえば箱根駅伝になります。走る選手の後ろをその大学の監督を乗せた車が追いかけます。よって、何か予期せぬ事態が起きれば、すぐに当該の監督さんが対応できます。

そのイメージが強かったようで、四つんばいで膝から血を流しながら進む光景に「なぜすぐにやめさせないのだ」と、所属する企業に抗議の電話が殺到。その一方で「感動した」と美談としてとらえる感想も多く寄せられたそうです。

この駅伝の出来事から、サッカーの指導者や保護者は、競技は違えど多くのことを学べると思います。

みなさん、こんな声をよく聞きませんか?
「勝利至上主義? でも、子どもが勝ちたがるんですよ」
こう言われると、そうですか......と、つい黙ってしまいませんか?

この論理から言えば、女子駅伝の四つんばいも「選手が這ってでもタスキをつなぎたいのだからいいじゃないか」となります。果たして本当に、それでいいのでしょうか。

■多くの指導者が「イエスマン」を育ててきた可能性

まず、スポーツのありかたからすると、美談にするのは間違っていると私は考えます。この連載でもお伝えしているように、スポーツは遊びです。遊びであるスポーツのために、自分の体や未来を投げ出すのは間違った行為です。

もちろん「仲間のタスキをつなぎたい」と懸命に頑張った選手の気持ちは否定できないものです。この大会のために彼女自身トレーニングしてきた日々があります。ただし、這って血だらけになってでも走るものだと社会に認識されてしまうと、このあとみんながそうしなくてはならなくなります。

医師によっては「あそこで這っても大きな負担はないだろう」という見方もありますが、あの時点でその見通しをするのはリスクがあるでしょう。負担がかかるし、悪化し全治まで時間がかかる可能性は間違いなくあります。傷口からの感染症などさまざまなリスクを考えると、生命だって脅かしかねません。

欧米のアスリートは個人主義ですが、日本は集団主義が非常に根強いです。チームのために走るといった自己犠牲の精神は必要ではありますが、それはあくまでも自分の体が元気なコンディションで挑める場合のみです。チームの勝利は大事だけけれど、命をかけるものではない。なぜなら、スポーツは遊びだからです。日本ではそのことを、選手も、かかわる大人も理解していないように見えます。

時を同じくして、元マラソンランナーの女性が万引きで逮捕されたという報道がありました。小中学生のころからスポーツにずっと打ち込むなかで、選手が自己確立できていないケースが日本では少なくありません。人間形成の部分をなおざりにして、大人たちも指導してきたのではないでしょうか。

速ければいい。強ければいい。そんな価値観で育ててきた。もっといえば「人間形成」を履き違えていたかもしれません。元気のいいあいさつ、目上の人に礼儀正しく、素直に言うことを聞く。同調圧力に屈する。多くはそんな「イエスマン」を育ててきた可能性もあります。

目を凝らしてよく見ると、オリンピックなどでメダルを獲った選手は「自分」をもっています。結局は、自己主張をし、自分の考えで行動できる力がなくては、トップに上り詰めることはできないというひとつの証左でしょう。そして、その陰で、人間形成されずにつぶれてしまった選手も多いと言えます。

例えば、プロのサッカーで、痛み止め打ってプレーするケースがあります。痛みが止まっているから、本来動かしてはけないところを動かしてしまう。よって、悪化します。が、シーズン最後の勝負のゲームで無理にでも出場しなくてはいけないこともあります。そして、それを美談としてとらえるむきもあります。

日本は、未来のある中高生にも同じようにプレーさせてしまいます。
「大丈夫か?」「プレーできるか?」と監督が選手に尋ねる。多くの選手は「できます!」と答えます。動かしてはいけませんという警告を痛みという形で伝えているのに、そこを無視して痛み止めを飲ませてプレーさせます。

が、この場合も「選手がやるというからやらせた」となります。過去に、高校サッカーの報道で「ここで選手生命が終わったとしてもあの試合には出たかった」という高校生のコメントが伝わる。人々はそんなものだと受け止める。美談としてです。

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監修:高橋正紀 構成・文:「スポーツマンのこころ推進委員会」

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