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インタビュー

乾貴士に何を教えたとかはない。良い選手を潰さなかっただけ【特別対談:山本佳司/野洲高校元監督×前田高孝/近江高校監督】

公開:2021年1月 5日

キーワード:前田高孝山本佳司近江選手権野洲高校サッカー

2005年には選手権優勝を達成し、日本代表の乾貴士選手を始めとした多くのプロサッカー選手を輩出した野洲高校元監督の山本佳司氏(現・甲南高校教頭)と今年、近江高校を選手権初出場に導いた前田高孝監督によるオンライン対談を行った。

「全国で優勝された山本先生の育成に関する想いや考えを色んな方に聞いてもらいたい」という前田監督の働き掛けによって実現。COACH UNITED ACADEMYの会員限定イベントとして開催された。前編と後編に分けて、対談の一部を紹介していく。(文・森田将義)

※2020年12月25日にCOACH UNITEDで配信された記事の転載です。

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■きっかけは「お前は高校サッカーを知らない」という言葉

前田:インターハイには強化を始めて2年目と4年目に出場させてもらったのですが、今年5年目にして初めて選手権に出場できました。これまで山本先生に言われていたのは、「お前は高校サッカーを知らない」という言葉です。言われたのは3年目の年でした。

一期生の子たちが1、2年生でインターハイへ行き、選手権予選も決勝まで行きました。いざ、3年目で選手権を迎えたら、2回戦で守山北高校にPK負けしたんです。その時に、「アイツはまだ高校サッカーを知らない」と言われ、それから高校サッカーとは何かというのを考えるようになりました。

山本:確かに言ったね。4、3種の指導者も含め、サッカーを知る機会が増えています。前田君は元Jリーガーということもあり、サッカーのことは滋賀の誰よりも分かっているかもしれないけど、100年近い歴史がある高校サッカーも理解しなければいけない。

2年目でインターハイに出て勢いがあったのは確かだけど、当時は滋賀県の指導者も選手も「近江だけには全国に行かせたくない」という気持ちを皆が持っていた。そうした状況に挑まなければいけないのに、予選前の練習試合では大学生とばかり練習試合をしていた。

高校生が良いチャレンジすればそれでOKという状況はサッカーが上手くなるけど、高校サッカーの良さであるメンタルは鍛えにくいと思っていた。だから、「マッチメークを工夫した方が良いんじゃないか」と声を掛けました。そこから、少しずつアドバイスをするようになりました。

前田:マッチメークに関しては色々考えるようになりました。選手権前には、予選で実際に起こりそうな展開になるチームとの練習試合を組みました。準決勝が終わった時に、「綾羽は縦に速い攻撃が多く、決勝で当たりそうだから、予選前に同じタイプとの練習試合を組んでいる」と言われましたが、まさに組んでいました。

そして、山本先生のアドバイスを機に、綾羽が何をすれば嫌がるかを考えました。これまでも分析はしていましたが、割り切って相手が嫌がることをやろうと踏み切れなかったので、アドバイスはとても助かりました。マッチメークもそうですが、僕は山本先生の言葉から高校生を知らないといけないと思えたのが、大きかったです。

僕は教員として英語と体育の二つを指導していて、サッカーの指導は学校の業務として捉えていました。そこから少しずつ、彼らがどういう風に落ち込んで、どういう時に盛り上がるのか高校生を観察するようになりました。

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■毎年同じチームは作らない。選手の特徴を活かすサッカーを考える

前田:山本先生も全国で戦う際は、相手のこともかなり考えていたんですか?野洲といえば良い所を出して、押し切るイメージが強いです。

山本:初めて野洲が選手権に出場し、ベスト8まで進んだのが2002年。優勝した2005年は、まだ知られていなかったので、多くのチームが他のチームに照準を合わせ、野洲はマークされていなかった。対戦する相手チームは、予選決勝のビデオを絶対に見るから、そこと同じ戦いで全国に入らないようには気を付けていた。

相手は必ずストロングポイントを抑えにくるから、県予選の戦いから更にバージョンアップしようって。極端な話、県予選とはまったく違うフォーメーションで臨んだりしないと全国では勝てない。それくらい初戦は難しい。Jリーガーと同じで、契約しただけではJリーガーとは言えない。試合に出てこそ、Jリーガーなのと同じで、12月31日の初戦に勝ってやっと全国大会に出たと言えると思っていた。

---望月嶺臣選手がいた2012年度は徹底したポゼッションのチームでした。野洲のサッカーは、一括りではなく、色んな顔があるイメージです。山本先生がやりたいサッカーと年度ごとの特徴は、どのようにバランスをとっていたのですか?

山本:預かっている選手によって、全てが決まるかな。野洲ファンがたくさんいてくれて、それぞれが何年の野洲が好きと言ってくれる。一番多いのは、意外に全国優勝した代ではなく、高円宮杯でベスト8になった2008年のチーム。あの年はドリブラーが凄く多かったから、ワンタッチ目から仕掛けていくし、どんどんゴールを目指していく。トラップ禁止で、ワンタッチ目から仕掛けるトレーニングをしていた。

ただ、あのサッカーでは乾みたいな選手は育たないと思う。乾はパスか突破かが分かりづらいのが特徴。何をやるか分からないような駆け引きは、全国優勝した時のメンバーの方が長けていた。逆に嶺臣らの代のパスサッカーは、あのメンバーじゃなければ再現できない。

チームとしても学び続け、進化し続けなければいけないと思う。例えば、近江が今年優勝したからといって、来年も同じサッカーを続ければ、相手からすれば倒し方が想像しやすい。何か新しいことにチャレンジするためには、その年に応じたサッカーが必要になる。「野洲がこれだけ守備をするんだ」と思われるくらい前から守備をする年もあったり、毎年同じチームは作っていなかった。

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■乾貴士に何を教えたとかはない。良い選手を潰さなかっただけ

前田:それは入学してきた時に、3年生になった時のチームを想像して、作っていくのですか?

山本:最終的にトップチームを組む際に誰を軸にして、誰を売りにするのかが大事になる。その子の特徴を活かすためのサッカーを考える。

例えば、守備を重視した2017年のチームは、江口稜馬の展開力が武器だった。そこを演出できるチームにしていこうかをまず考え、フォーメーションを決めていた。全国優勝した年は3-5-2だし、高円宮杯ベスト8の時は3-6-1。望月らの年は4-4-2と言いながら、僕らとしては2バックで、サイドバックが常に高い位置をとっていた。

---そうしたチーム作りを含め、指導する際に大事にしていたことはありますか?

山本:2、3種年代で良い選手を育てる部分に繋がってくると思うけど、良い選手を育てるためには良い指導者でなければいけない。逆に悪い指導者とは何かと考えた時に、僕は子どもたちの夢を壊したり、サッカーを嫌いにすることだと思う。良い指導者って、小学校から中学、高校へと進んできた選手の夢を膨らませてあげて、次に繋げられる。もっとサッカーを好きになったり、より深く考えさせるようになるのが役目だと思っていた。

乾が高校時代だった頃の話もよく聞かれるけど、何を教えたとかはない。良い選手を潰さなかっただけの話。高校サッカーだけでなく、3種年代もだけど、普通の選手をそれなりの選手にできる指導者はいっぱいいるけど、良い選手を普通の選手にしてしまう指導者もいっぱいいる。良い選手をちゃんと潰さないというか、サッカーを大好きにしておけば勝手に育って行く。自分で情熱を膨らませられる選手に育てておけば、高校を卒業してからも自主練を続けて、成長できると思う。

【後編】育成年代だから技術が大事?指導者は「こうあるべき」ではなく目的を考える>>

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取材・文・写真 森田将義

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