インタビュー

2019年10月24日

「選手時代はバレーが大嫌いだった」益子直美さんが自身の過去から気づいた、選手を伸ばす環境とは

先日まで日本で開催されたバレーボールのワールドカップ(W杯)は、男女ともに来年のオリンピックに期待ができる戦いぶりを見せてくれ、大いに盛り上がました。

元全日本代表選手として活躍した益子直美さんは、自身の名を冠した小学生のバレーボール大会に協力しています。「監督は絶対に怒らない」という決めごとがあり、ルールを破った監督は益子さんに叱られるちょっと変わった大会です。

今では怒った監督を怒っている益子さんですが、選手時代はずっと怒られ「バレーボールが大嫌い」だったと言います。そんな過去から、益子さんが気づいたものは何かを伺いました。
(取材・文:島沢優子)

<<前編:「厳しい指導」を受けてきた元全日本代表、益子直美さんが「怒らない指導」を始めた理由

 


怒って委縮させる指導では、子どもたちが自分で考え、判断する力が養われないと益子さんは言います

 

■どの写真も笑ってない。バレーの楽しみ方なんてわからなかった

厳しい指導が当たり前だった時代、益子さんが「プレーを楽しむ」ことに触れたきっかけは何だったのでしょうか。

 

益子さん:高校卒業後に実業団チームに入った1980年代後半。監督から急に「バレーを楽しめ」と言われました。えーっ、楽しむ? どうやって? って感じでした。うろたえましたね。だって、ただ監督に怒られたくなくて、怒られないようにすることだけ考えてバレーをしていたから。楽しみ方なんてわからないよと思いました。

 

世界選手権で負けたときは「もう日本に帰れないんじゃないか」と本気で思った益子さん。引退するまで、バレーを楽しめなかったと明かしてくれました。

 

益子さん:自分はどうだったのかなと思って、中学、高校時代の写真で自分が楽しんでいそうな写真を探したのですが、どの写真も笑ってないんです。高校の全国大会も、チームの目標がベスト4で、ちゃんとそれを達成したにかかわらず、どの写真もまったく笑っていません。表情を見ると、どれだけ楽しめていなかったのかがわかりました。

 

楽しめなかった自分。そして、今でも子どもがバレーを楽しめる環境が作れていないことに気づいた益子さんは、スポーツメンタルコーチの柘植陽一郎さん(一般社団法人フィールド・フロー代表)のもとで学び始めました。そしてある日、過去の自分を思いだしながら、選手時代にどんな気持ちでバレーボールと向き合っていたのかを書きだしてみたそうです。

当時の益子さんの気持ちはこのようなものだったそうです。
「ほめられたことがない!」
「自信がない!」
「考えることをしない!」
「チャレンジしない」
「目立ちたくない!」
「意見を言えない」
「楽しくない」

驚いたことに、「レギュラーになりたくない!」「試合に出たくない」というものもあります。試合でプレーするのが、選手にとって一番の喜びのはずなのに。「早くやめたい」もあります。

 

益子さん:試合にさえ出たくありませんでした。キャプテンなんてとんでもない。負けたら自分のせいにされるかもと怖かったですね。自分のチーム以外のコーチ、例えば選抜チームの指導者からほめられたりすると、逆に疑っていました。なにか裏があるのではないか? と。今ならわかるけれど、本当に失礼な話です。

 

なぜ、そんな気持ちになったのか......。理由は「益子カップだと思い切ってチャレンジできる」と本音を話してくれた今の小学生とまったく同じでした。

 

益子さん:怒られるから、チャレンジしないんです。ミスをしたら怒られるから。良くも悪くも目立ちたくない。だから、「よし自分がやってやろう」なんて思ったことはありませんでした。

 

■「楽しい」にも種類がある

一方で、「今のあなたがあるのは指導者に叩かれたり、怒鳴られたりして厳しくされたおかげではないか」という意見もあります。「楽しんで勝てるのか?」と疑問を呈する指導者もいます。それらに対して、益子さんはどう考えるのかを聞いてみました。

 

益子さん:このような活動、発言をしているので、「これまで教えてもらった指導者のことを批判するのか!?」とよくお叱りを受けます。私は、指導者の方々に感謝はしています。それに、じゃあ、ほめられて育てられたらどうなったかと言われても、比べようがないのでわかりません。あのときはそういう時代だった。批判をしているわけではないんです。また、「楽しい」と、浮かれた楽しさは違います。真剣で、でも、楽しい。

 

それがスポーツを楽しむということだと考える、という益子さん。とはいえ、最初から「楽しむ」の本質を理解していたわけではないそうです。現役時代、オリンピックには出場できませんでした。引退後はオリンピックを自分の目で見たくてスポーツキャスターとして、1996年のアトランタ五輪をリポート。その時、出発の全日本女子へのインタビューをして驚いたと言います。なぜなら選手が「オリンピックを楽しんできます!」と言ったからです。

 

益子さん:正直、違和感がありました。えっ!楽しむ? って。そのときはわかってあげられませんでした。でも、昨年ずっと続いたパワハラ騒動の報道をきっかけに思い返しました。体罰も暴言も、当時はそれが当たり前でした。なんとも思ってなかった。やっぱり、根性が必要だよね、と思っていました。

 

今なら「それは違う」と言えますが、その境地に至るまで、かなりの時間を要したと言います。選手時代を振り返り、そのときの正直な気持ちを整理して、様々なことを学び、自分の意見として口にすることにも......。

 

益子さん:小中高生たちを、怒って委縮させる指導では、考えて自分で判断する力を養うことができないと思います。そもそも、日本の子どもはスポーツ以外の場面でも、自分で考えたり、選ぶことができない。さまざまなことを押し付けられていると感じます。

 

■自分の間違いを話すことは恥ずかしい事ではない

欧州のスポーツクラブを取材したとき、コーチが質問すると子どもたちが「はい!はい!」とどんどん挙手をするのを目にします。みんな発言したいのです。

 

益子さん:自分から発言する、意見を言う、右に倣えではなくて自分をもつことが、すごく必要だと思いました。私自身「間違えたら恥ずかしい」考えて手を挙げない子どもだったので、驚きました。コーチも同じです。学びなおすことは、恥ずかしいことではありません。学べる人は尊敬できるし、以前の自分を乗り越えたり「あ、私、間違っていました」と話すことは恥ずかしいことではないと、今は思っています。

 

もしかしたら、指導を変えられない人は、新しいことを学んだり、自分のやり方を変えることを恥ずかしいと思っているのではないでしょうか。益子さんは、次の6回目の益子カップまでに「益子直美カップ10か条」を、サッカーの現場で使われているものを参考にして作りたいといいます。

 

益子さん:バレーを始めた入り口で、楽しい、早く練習に行きたいと感じられる環境をつくりたい。最初からレギュラーとか、勝負とかではなく、バレーボールを心の底から楽しめるようにしてあげてほしい。その部分で、サッカーは進んでいます。いつもサカイクを見て、参考にさせてもらっています。先日の「日本の子どもはリフティングをいっぱいやるけれど、試合のシーンであるのかな?」という記事が面白かったです。バレーも無駄な練習をしているのではないかと考えさせられました。

 

怒られるのが嫌でチャレンジしない、その結果上達につながらないという元トップ選手の言葉は非常に重いものでした。始めたばかりの子どもたちが、楽しくない、練習に行きたくないと思ってしまっては、チームとしても向上しないのではないでしょうか。

益子さんの言葉から、本当に子どもたちのためになる指導とは何かを考えるきっかけにしてみてください。

 

<<前編:「厳しい指導」を受けてきた元全日本代表、益子直美さんが「怒らない指導」を始めた理由

 

益子直美(ますこなおみ)
東京都生まれ。中学入学と同時にバレーボールを始め、高校は地元の共栄学園に進学。春高バレーで準優勝し、3年生の時に全日本メンバー入り。1980年代後半から1990年代前半の女子バレーボール界を席巻した。卒業後はイトーヨーカドーに入団。全日本メンバーとして世界選手権2回、W杯に出場。現在はタレント、スポーツキャスターなど幅広く活動中。

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