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インタビュー

2019年3月 8日

中学でのバスケ部経験も糧に! カレン・ロバートが今でもサッカーが好きでいられる理由とは

キーワード:Jリーガーアイルランドオランダカレン・ロバートトレセン下部組織市立船橋柏レイソル海外移籍

先日現役引退を表明したカレン・ロバート選手。

カレン・ロバート選手の経歴を紹介すると、柏レイソルの下部組織で中学まで過ごし、高校では名門である市立船橋高校に入学。天皇杯横浜F・マリノス戦で活躍するなど高校生のうちから頭角を現すと、高校卒業後、ジュビロ磐田に加入。国内で活躍した後にオランダのVVVフェンロに移籍、海外でも活躍したことでも有名です。

それだけ聞くサッカーひとすじの英才教育を受けている人生を想像しますが、実はカレン選手、中学時代はバスケ部に所属しており、両親からもサッカーに関して強く口を出されたことがないといいます。

「ボビさん」の愛称で親しまれるアタッカーの過去を知ることで、子供、サッカー、そして両親の適切な距離感を知るいいきっかけになるはずです。
(取材・文:内藤秀明)

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2018-19シーズンでの引退を表明したカレン・ロバート選手

■サッカーをはじめたきっかけ

多くの兄弟でよくある話だと思いますが、カレン選手がサッカーを始めたのも上の兄弟がやっていたことがキッカケでした。

「サッカーは7歳上の兄や家の前でボールを蹴って遊んでいたこともあり5歳からはじめました。兄や同じ幼稚園の子と一緒にサッカーをしていたのは鮮明に覚えています。少年団とかには入りませんでした。まだスクールなども含めてチームが少ない時代でしたし、茨城県のそこまでサッカーが盛んなところではないエリアだったこともあります。

チームには小学校1年生の時に入りました。筑波大学のコーチが教えに来てくれていたいい環境だったと思います。

自分で言うのはなんですけども、周りと比べると大きくて足も速かったため全て自分でやってしまうタイプでした。ただそのせいで、周りからは本当に小三なのかと疑われながらやっていました(笑)」


大きくて速いを武器に活躍を続けていましたが、フィジカルの強さで何とかなってきた選手たちがぶつかる「壁」が立ちふさがったのです。

■初めての挫折

小4のとき、チームの中心として活躍していたカレン選手に初めての試練が訪れます。セレクションを受けて入団したJリーグ柏レイソルの下部組織で、それまでの自信を粉々に砕かれたのです。

「4年生になる時に柏レイソルのセレクションを受けて、初めて自分の実力が無いということを知りました。フォワードやっていましたが、足元が上手くないためストッパーをやらされるようになりました。

めちゃくちゃ悔しかったですね。コーチにフォワードやらせて欲しいと自ら言ったものの全然活躍できませんでしたし。

レイソルにいる子達はみんな上手でしたが、僕はキックパスターンできませんでした。しかもディフェンスも下手でよく怒られていました。それまでの人生で1番の挫折でもありましたしサッカー人生のターニングポイントになりました」


とても悔しい思いをしたこの体験がサッカー人生のターニングポイントになったそうです。周りと比べできない事も多く苦しい時期を過ごしていましたが、素直にコーチの指示を聞く耳を持っていたことで、チャンスを自らつかみ取ったと教えてくれました。

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中学時代のバスケ経験が今でもサッカーをすきでいられる理由かも、と語ってくれた。

「結局、コーチに救われましたね。的確なアドバイスをいただきました。例えば、ディフェンス時のバックステップができなくてずっと苦しんでいました。ただとある試合のハーフタイムにそのコーチから細かくアドバイスを受けて試したら驚くくらいボールが取れるようになったんです。そこから僕はスゴいディフェンダーになりましたね。

絶対に抜かれない、ヘディングも強い最強のディフェンダーです(笑)。コツをつかんだのが確か小学5年生くらいだったと思いますが、そこから上の学年の子のチームに合流することになりました」

自信をつけたカレン選手は他のポジションにもトライ。チームに上手くはまったことで、全国大会でも栄光を勝ち取るのです。

「その後は、いつだったかな、全日本少年サッカー大会の県予選くらいにボランチの子が怪我をしてしまい、ボランチをやることになりました。そしたら上手くハマってチームも勝つことが出来ました。その頃には足元も大分安定していましたしね。県大会も全国大会もボランチで出て優勝までしました」

■親が口を出すのは「辞めたい」と言った時のみ

プロ選手をそだてた親御さんは、どんな接し方をしていたのか気になる方は多いですよね。多くの選手が「サッカーについて言われたことは無い」と言いますが、カレン選手のご両親もまた同じで、ただわが子を信じてサポートしてくれていたようです。

「(親には)親が自分の才能を発見してくれてレイソルのセレクションを受けたことや、地元土浦から柏のチームまでの送り迎えも大変だったと思うので感謝してます。当時は小さかったのでなんのセクションをしているのかは僕はわかってなかったですしね(笑)。

このあたりは母親がメインで導いてくれましたが、サッカーについては、あまりいろいろ言われなかったですね。ただ唯一、口を出されたのは、『サッカーを辞めたい』と言った時に止められたくらいです。いつも『3か月後に同じ気持ちだったら辞めよう』と言われていたんですけど、3か月もあると環境や気持ちも変わるじゃないですか。このあたりは上手だなと感じました」

■なぜ、中学時代はバスケットボール部に?

親御さんが送迎してくれてレイソルの練習に通っていたカレン選手ですが、中学になると少し気持ちに変化が出てきたそうです。


「中学に入り、部活動はバスケットボールを始めました。サッカーは辞めていなくて、クラブチームと掛け持ちです。正直、学校終わってすぐ柏まで行くという生活に飽きていました(笑)」

小学生年代ですでにサッカーにお腹いっぱいになっていたこともあり、中学では意外な部活に所属します。

「小学生のうちは少しサッカーをやりすぎました。週5日もサッカーをしていたので。『みんな学校終わって部活やってて楽しそうだな』と感じていたので部活を始めたいと思っていたんです。ただ、サッカー部に入ってもクラブチームにも所属している関係で試合には出られないので、仲間が多かったバスケに入ることにしました。中学2年生だったと思います。今だから明かせますが、たまにレイソルの練習を休んでバスケ部に参加したりもしていました(笑)」

しかし、バスケ部を体験したことが今でもサッカーが好きでいられる理由にもなっているようです。

「ただ本格的にバスケットボールに転向しようとは思いませんでしたね。僕よりバスケが上手い子が沢山いたので『追いつけないな』って思っていました。そういう意味では、『僕にはサッカーの方がむいている』とも思えて、よかったかもしれません。他にもバスケをやってよかったことでいうと、身長が伸びました、成長期だから背が伸びるのは当然なので、バスケのおかげというのは気のせいかもしれませんけど(笑)。

真面目に言うと、縦パスを当てて、もう一回パスを受けに行くといった、崩しの局面の動きはサッカーに応用できましたね。フットサルと近いスポーツですしね。とにかくサッカーはマンネリだったので、バスケはとても楽しく、メンタル面にはすごく良かったです。バスケがなければ、今でもサッカーを好きでいられたかどうか......。それのおかげで今でもサッカーが好きでいられているのかもしれません。

人生で一番泣いたのは、バスケットボールの県南大会の1回戦で逆転負けした時かもしれません。それくらい精神的には入れ込んでいましたし、ストレスの発散先でもありました」

そうしてバスケットボールに打ち込んだあとに待ち受けていたのは高校進学です。当時を振り返って市船への進学を決めた理由をこう語ります。

「サッカーに関しては、2年生の頃にクラブユース大会に出場しました。まだボランチをしていましたね。1歳上の年代が黄金期と言われていましたから期待はされていたのかもしれません。一応、中学の頃は関東代表やナショナルトレセンに入っていましたが、特に自分が凄いと感じたことは1度もありませんでしたね。

高校はレイソルではなく市立船橋高校に進学しました。当時は市船のほうが強かったんです。あと、推薦を貰えたことが大きかったです。そんなに高校サッカーを見てなかったので知らなかったのですが、後に柏で長くプレーした永井俊太さんや、ガンバ大阪で活躍した中澤聡太さんなど、有名な選手が何人もいて『市船凄いんだ』ってことを知りました。監督が僕の学校までわざわざ来て挨拶して下さって嬉しかったのもあります。

今思うと人生初のキャリアの決断でしたが、全然迷わなかったですね。両親は市船についてあまり理解していなかったような気がします。僕もどちらかというと中学の先生と話をしていましたね。先生から『市船の指導者が一流』などと聞きました。全国大会にも出ている高校で、僕も出たいと思ったのは覚えています」

■高校時代に親に怒られた事件

強豪、市立船橋高校に入学するもその練習のキツさに早々にくじけそうになったカレン選手でしたが、結局サッカーを続けることになった影にも親御さんの存在がありました。


「中学3年生の時までは右サイドハーフだったのですが、高校一年生でフォワードをするようになりました。ただ4月に入学して1か月してやめようと思いました。あまりにも練習がキツすぎて(笑)。

5月に関東大会の1回戦で負けて、バスで群馬から帰り、そのあと無限にキックの練習をさせられた記憶があります。10~15メートル先にゴールを置き、ボールを蹴ってそれを超えなければグラウンド1周とか。土のグラウンドでしたし、疲労が溜まりましたね。そこから2週間くらい地獄の練習で、友達と『もう辞めよう』と言っていたのですが......。またもや親にとめられました。そのまま辞めそびれて、結局辞めませんでしたね」

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お母さん(左)とお姉さん(右)、家族関係がよいことは、サッカーの向上にも影響します。

 


「基本的に親に怒られるとかはそんなになかったのですが、高校生の時、一時期ヤンチャしている時期があって、それが母親にもばれてしまったんですよね。高校3年生だったかな。
すると『市船で10番つけてる奴が何やっているんだ。自覚がなさすぎる』と初めてメンタル的な部分を指摘されて、その後、1か月くらい口を聞いてもらえませんでした。『天狗になってんじゃねーよ』ということですかね......。その時は精神的にダメージを受けましたね」

「思春期なので母親との折り合いが悪くなる子も多い年代で、一般的には母親との関係なんて気にならない時期ではあります。ただ僕の場合小学・中学と親から送り迎えしてもらっていて、感謝の気持ちがあったからこそ、『裏切ってしまった』という気持ちがありました。だからこそ本当に落ち込みましたね。

でもサッカー関係で怒られたのはそれくらいですかね。サッカー以外の部分は良く怒られてましたけど(笑)」

読者のみなさんも覚えがあるかもしれませんが、反抗期を迎える中学、高校年代は親と折り合いが悪くなることもありますよね。

しかし、小学生時代から親に送り迎えをしてもらって高いレベルのサッカーをできていたことに感謝の気持ちを持っていたカレン選手は、指摘されたことに対してしっかりと反省ができたのだそうです。

これもサッカーで「感謝する力」を身につけていたからにほかなりません。

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文:内藤秀明

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