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インタビュー

2016年8月 2日

「両親はあれこれ言わず、やりたいことを最大限サポートしてくれた」サンフレッチェ広島FW佐藤寿人の子育て論

キーワード:サンフレッチェ広島佐藤寿人勉強少年時代父親西川周作

3人の息子のパパであり、サッカー少年の父親でもあるサンフレッチェ広島・佐藤寿人選手。ピッチに立てばゴールを量産するJ屈指のゴールゲッターも、家庭に戻れば子育てに励むひとりの父親です。今回は、佐藤寿人選手がサッカー少年だったころのお話を交えながら、少年時代の自身の体験が父親となった今、どのように子育てに繋がっているのか、お話をうかがいました。(取材・文 中野里美 写真 安田健示)

 

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■双子の兄と比較された少年時代

――お兄さんもジェフでサッカーをされていますが、お二人がサッカーを始めたきっかけを教えてください。
 
両親がサッカーボールをプレゼントしてくれたことがきっかけです。小学1年生のときに地元のサッカークラブに双子の兄と一緒に入りました。それからはずっと双子の兄と一緒にやってきました。双子なので周りにはつねに比較されてきましたが、ポジションはちがいました。前線のポジションをやる子がいなかったので、ぼくは4年生のころから試合に出ていました。そのころ、兄はなかなか試合に出られない状況だったにも関わらず、ぼくの試合を観に来てくれました。おそらく兄はおもしろくなかったと思います。
 
ところが6年生になると逆にぼくが悔しい思いをすることになります。市の選抜に各チームふたりしか入れないという制約があり、ぼくは兄とふたりで選ばれると思っていました。ところが、自分はハズれて兄とチームメイトひとりが選ばれたんです。ぼくは兄が出場する選抜チームの対抗戦を父と一緒に観に行きました。そのときは単純に自分が下というか、ハズれた悔しさがありました。でも、僻みはまったくなかったです。兄が自分より上に行くことは嬉しいです。悔しさはもちろんありますけど、一緒にボールを蹴ることができる同い年の仲間がつねにいるという喜びの方が大きかったです。
 
――兄弟仲はよかったんですか?
 
家ではずっと仲がよかったです。ただ、兄は思春期のころになると、外で仲良くするのはカッコわるいって思いがあったみたいで、あまり一緒にはいてくれなかったですね。ぼくは全然気にしていなかったんですけど……。そういう意味では、今のほうが仲良しです。実家に帰らないまでも、都内でタイミングを見つけて一緒にご飯を食べることもあります。お互いのチーム状況やプレーのことを話して過ごすんです。ずっと一緒にサッカーをしてきた兄弟だからこそ言えることもあります。兄にもふたりの子どもがいて、サッカーをしています。でも、子どものサッカーについては話したことはないです。
 

■パパがパスを出し、長男がシュートを打ち、次男がゴールを守る

――息子さんたちは、兄弟でお互いを意識しあう様子はありますか?
 
長男と次男は歳が3つ離れているので、当人同士はあまり意識してないんじゃないかな。親目線では、「長男がこの歳のころには……」と同じ年代で比較してしまうことはありますよ。けど、当人同士は3つも離れていて、性格もポジションも違うのでライバル意識みたいなものはないはずです。
 
次男はGKをしています。以前ぼくのチームメイトだった西川周作選手によくしてもらったので、純粋に西川選手に憧れて、キーパーをやりたいと言い出しました。そこからずっとキーパーをしています。長男はぼくを見てFWをやりたいと言ってくれました。だから三人でサッカーをするときは、次男がキーパーで、長男がシュートを打つ。ぼくはというと「パパ、パス出して」と言われてパスを出してます(笑)。
 
――父親として気になっていることはありますか?
 
長男はコンタクトプレーがちょっと苦手なのか、あまりガツガツとボールを奪いにいけない特徴があります。「サッカーだからぶつかることもあるから、そこは気にしないでいいのに……」と歯がゆく思うことはあります。次男はその点、ガンガン行きます(笑)。そこは見ていて気持ちいいくらい。だからこそ、長男にはもうすこしガツガツプレーしてほしいなとは思いますが、子どものやっていることなのでイライラするようなことはありません。ただ、次男のサッカーを長男と一緒に観にいくと、すごいガツガツ行っているのを見るので、そういう時は隣にいる長男に言うことがあります。
 
「あいつはあれだけガツガツ行ってるんだよ、おまえはああなったときは全然行かないじゃん」と。
 
長男のなかでも、ガツガツ行けてないことはわかっているみたいなので「うん……」としょんぼりして聞いています。
 
――佐藤選手のご両親はどんなふうに佐藤選手に接していらっしゃいましたか?
 
自分の両親はぼくが小さいころにお店を営んでいて、試合は観に来てくれましたけど、プレーについて、「ああだ、こうだ」と言われたことはなかったです。一緒になって応援してくれたというか、見守ってくれました。子どものやりたいことを最大限サポートしてくれて、叶えさせてくれる両親でした。子どものころは本当にいろいろなところに連れていってもらって、いろいろなことにチャレンジさせてもらいました。サッカーにかぎらず夏になればキャンプ、冬になればスキーなど家族で過ごす時間も多かったです。一方で、自分は職業柄どこかに連れて行ってあげることがなかなかできませんが、家族で過ごす時間をつくってあげたいと思います。
 

■息子には息子の人生がある!最後の決断は息子自身にゆだねる

――佐藤選手の少年時代はサッカー一色ではなかったのでしょうか?
 
中学卒業までは勉強にもかなり時間を割いてました。サッカーから帰宅してから寝るまでの2時間くらいは勉強をする時間でした。親は「勉強しろ」とは一言も言わなかったです。中学の担任の先生で、最終的に市の教育委員長になられた方がいるんですけど、その先生に言われたんです。
 
「サッカーがうまいのはすごくわかるし、先生もサッカーの上手な子をこれまで見てきた。でも、千葉県でももっとサッカーのうまい子がいるかもしれない中で、サッカーしかやっていなかったら、中三で進路の選択肢を考える場面で、他の子以上にサッカーでいいところが見せられなかったときに、その可能性が狭まる。でも、しっかり勉強に取り組んでいれば、サッカーの強い学校に勉強で入れるし、そこから3年間の努力でまたサッカーへの可能性も広がっていくよ。中学3年生のときにどうか、高校3年生のときにどうか。それぞれのターニングポイントでどれだけのものを持っているかでその後の可能性が変わるよ」と。
 
そんなこと、それまで言われたことがなかったので、「なるほど」と思いました。プロサッカー選手になりたいということは、すでに先生に伝えていました。なんでもそうだと思うんですけど、「自分に何ができるか」ですよね。
 
自分で選択肢を広げられる人の方がいいと思うんです。それまでは勉強が得意ではなかったので大変でしたけど、勉強のできる友達にわからないところを聞いたりもしました。すると、成績もそこそこついてくるようになって、サッカーの強豪校に学力だけでもいけるほどになりました。結局、ジェフのユースに進めることになったので、学力で受験をすることはなかったんですけど。ただし、高校では中学のころと同じ発想を持てなかったので、少し後悔しています。中学のときは、授業でも先生とのディスカッションややりとりがあって、自主的に勉強をすることが本当に楽しかったんですけど、高校は黒板に書いたものを写してそれがテストに出るという形で、それがつまらなく感じてしまったんです。
 
それが普通かもしれないですけど、中学のときは授業中に寝たことなんてなかったんですよ。寝ている子を見ると、「なんで寝てるんだろ?」と思っていたんです。それが高校になると自分が寝てしまっていて(笑)。中学のときの過ごしかたのほうが自分の身になっただろうと公開しています。大学に行く行かないは別として、せっかく3年間、学校に通って勉強をするなら、しっかりとやっておけばよかったです。中学時代の先生との出会いは大きかったです。
 
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取材・文 中野里美 写真 安田健示

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