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インタビュー

川崎F・大久保嘉人「国見で培われた妥協しない精神力」

公開:2013年8月30日 更新:2023年6月30日

キーワード:川崎フロンターレ日本代表考える力

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昨日に続き、川崎フロンターレの大久保嘉人選手の少年時代をお伝えします。中学進学と同時に親元を離れて、寮生活の中でサッカーを続けていった大久保嘉人選手の中学・高校時代について詳しくお話を伺いました。
 
<<【前編】ドリブルに磨きをかけた少年時代
 
 

■自分の武器を信じてドリブルに磨きをかけた

――その中学時代に壁を感じることはありましたか?
 
「小学生の頃、体は小さかったけれど、スピードを生かして前にガンガンいくことができていました。しかし、中学に入ると、背もあまり伸びず、スピードもなかなか上がらなくなってしまって。でも、周りは体も大きくなって、スピードもどんどん速くなっていく。そのうち、周りにもどんどん抜かれていってしまいましたね」
 
――それをどのようにカバーし、克服したのですか?
 
「自分の武器はドリブルだと思っていたので、ひたすらドリブルの練習をしていました。実際、周りよりも小柄ではあったけれど、逆にそれを生かして、ドリブルで相手を抜いていった時は、本当に爽快だったし、楽しかった。僕はその“楽しい”という気持ちの方が勝っていたので、周りが大きくてもなんとも思わなかったですし、弱点だとも感じたことはありませんでした」
 
――中学校で周りにうまい選手がたくさんいたことが、自分自身の成長につながったと思いますか?
 
「『こんなうまいヤツがいるのか』と思うことばかりでしたが、だからこそ奮起につながったと思います。もちろん、このままで大丈夫なのかという不安もありましたが、『せっかく国見中学校に来たんだから、やるしかない!』『どうにかして試合に出よう』と割り切って、前向きに考えられたことが、良い方向にむかっていったのだと思います」
 
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■プランとは異なった高校への進学

――その後、国見高校へ進学しましたが、それは当初から考えていたことだったのですか?
 
「実は東福岡に行きたいと考えていました。当時、東福岡は選手権でも良い成績を残していましたし、何よりも、地元の福岡だったので。でも、いろいろな条件が足りず、国見でプレーすることになりました。(国見高校の)練習はすごくきつかったですよ。1日に想像がつかない距離を走ることもありました。試合をして、クーパー走、その後また試合を行って、寮までの12キロをランニング。みんなお腹が減りすぎて、寮にたどり着く前にダウンしてしまうことも多々ありました。そんな時は、コーチが寮からご飯を持ってきて、それを食べて、また走って帰るんです。今、考えるとものすごい練習量ですよね。よくやったなと思いますし、今なら到底できないと思います(笑)。でも『もう1回やれ』と言われたら、やるでしょうね。あの時のメンバーでもう一度やりたいです(笑)」
 
――高校時代に養われたものとは?
 
「どんなことにおいても妥協をしないということ。走りにしても、何にしても、少しでも手を抜いたら負け。やはり、いざ“やらないといけない”となった時の、妥協しない精神力は、その頃に身に着いたものなのかなと思います。最初はずいぶん妥協して、よく『もう、無理』とか『ついていけない』と言っていましたけどね(笑)」
 
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■小学生のうちは悩まず長所を伸ばすことが大切

――ジュニア時代にこういう練習をしておけばよかったなと思うことはありますか? また、自分はこういう練習をしていたけれど良かったなと思うことは?
 
「僕自身は、ジュニア試合にひたすらボールを触ってた記憶がありますね。よくキックの練習をしていました」
 
――今、いろいろと悩みを抱えながらプレーしているジュニア世代の子どもたちもいると思いますが、何かアドバイスを送るとしたら?
 
「小学生の頃は、例えば足が遅くても、体が小さくても、まったく悩まなくてもいいと思います。中学校になって、成長してガラッと変わることもありますからね。そこまでナイーブになることはない。僕は体が小さかったので、飛ばされないよう、自宅で腹筋など筋トレを行ったりしていましたが、それも筋トレをすればいいというわけでもないでしょうし。ウイークポイントに悩むよりも、長所を見つけて、そこを伸ばすことを考えることのほうが大事。僕も高校時代の監督である、小嶺先生によく言われていました。だからこそドリブルの練習を欠かさなかったんですが、幼い頃から(得意とする)ドリブルの練習をしていたからこそだと思っています」
 
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■ひとつひとつのプレーと向き合って“考える力”は養われる

――サカイクは「考える力」をテーマにしていますが、考える力を身に付けるために必要なことは何だと思われますか?
 
「高校時代も局面で、次のプレーを予測するという意味では考えていたのかもしれませが、僕はプロになって、本格的に“考える”ようになりました。例えば、ボール回し1つとっても、考える力は養われるかもしれません。 “ここにディフェンスがいるから、裏を取らないといけない。だからこっちにボールを出そう”というように、いろいろ考えるんです。中学でも高校でも、僕はボール回しの練習を経験していないのですが、プロに入って初めてボールを回しの練習を行った時は、まったくついていけず、かなり焦りました。そして、かなり怒られもしました」
 
――親御さんは、子どもが“考える力”を養うために、どのようなサポートを行ったらいいでしょうか?
 
「とくに小学校の頃は、必要以上に口を出さず、子供が楽しくサッカーができる環境を作ってあげることが大事。そうすれば、子どもも自然と頑張るようになると思いますよ」
 
――大久保選手はご自身のお子さんに対して、気を付けていることや大事にしていることはありますか?
 
「僕は幼いころ『負けるな』と言われて、負けず嫌いになったこともあって、自分の子どもに対しても、負けず嫌いになってほしいという気持ちは強いですね。それはサッカーに限らず、例えば勉強一つにしてもそう。今はまだ負けてもまったく悔しがらないのですが(苦笑)」
 
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■サッカーノートは目標を再認識できる最高のツール

――あらためて、ジュニア世代の選手にメッセージを送るとしたら?
 
「まずは楽しく、そして自分が得意とするプレーを練習してほしいと思います。また、小さくても大きくてもいいので、目標を持ってほしい。それが練習に対しての姿勢や、モチベーションのアップにもつながるはずです」
 
――大久保選手ご自身も、ジュニア世代の頃、身近な目標を立てていましたか?
 
「小学6年生までサッカーノートをつけ、そこに書いていました。例えば、“明日の試合で○点取る”とか。他にも、その日、どんな練習をしたのかなども書いていましたね。僕は、サッカーノートをつけることはすごくいいことだと思います。目標を再認識できるし、『こういうことを書いていたんだな』と振り返ることもできますからね。今も、毎日ではありませんが(サッカーノートを)書いていますよ。少し変化があった時や、自分の中に何か新しいことが入ってきた時に、ノートに書くようにしています。自分に同じパターンのことを経験した時、『あの時、自分がどう思っていたんだろう』と振り返るために見てみたり、『ノートに書いたのだから、やらなきゃいけない!』と気合を入れたり」
 
――では、最後になりますが、大久保選手の今後の目標を聞かせてください。
 
「まず一番の目標はゴールを取ることで。これからも得点を積み重ねて、得点王を取りたいですね。(現在、得点王を争っているのは)同世代や若手が多いですが、彼らの活躍もすごく良い刺激になっていますし、もちろん、負けてられない、負けたくないという気持ちにもなっています。結果を残し続けて得点王……そして、代表に入りたいです」
 
<<【前編】ドリブルに磨きをかけた少年時代
 

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大久保 嘉人//おおくぼ・よしと
1982年6月9日生。福岡県出身。川崎フロンターレ所属。 長崎県の国見高校では3年生の2000年度、インターハイ・国体・全国高校サッカー選手権で3冠を達成。2001年、セレッソ大阪が多くのJクラブの中から獲得し、Jリーグ第2節の浦和レッズ戦で途中出場ながらデビューを果たす。2004年7月にU-23日本代表としてアテネオリンピックに出場し2得点を記録。この活躍が認められ同年11月にはスペインのRCDマジョルカへ期限付き移籍となった。以降はセレッソ大阪、ヴィッセル神戸、VfLヴォルフスブルグ、ヴィッセル神戸へと移籍し、2010年6月にはFIFAワールドカップ南アフリカ大会に出場。2013年に川崎フロンターレへ完全移籍となり、第23節終了時点で得点ランキングトップの18ゴールをマークしている。
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取材・文/石井宏美 写真/新井賢一

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