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サッカーやアクティビティを通じて人とのつながりを学ぶキャンプを沖縄で開催

公開:2017年5月 9日 更新:2021年1月27日

■被災地域から参加した2チーム、それぞれの思い

熊本県から初参加となった「がまだせ!熊本」。熊本地震の被害にあった子どもたちで構成されたチームで、メンバーの大半は小学校を卒業したばかりの新中学1年生でした。
 
「熊本地震の報道でよく流れる益城町ではなく、城南町と嘉島町の子どもたちで編成されたチームになります。県内の人にすら知られていないのですが、この2つの町はものすごく大きな被害に合いました。ほとんど報道もされないので救援物資もあまり届かず、大変に辛い状況で生活している人たちが多いのです。だから今回はこの町の子どもたちを連れてきました」
 
そう語る監督の園田鉄也さんは震災後、熊本県内でのサッカー指導を続けながら、被災地支援活動にも奔走。そこで“ツンさん”こと角田寛和さんに出会いました。ちょんまげと甲羅をつけて世界各地で応援をする日本代表サポーターのツンさんは、東日本大震災以降、Jリーグチームのサポーターとのつながりを通じて被災地支援の活動も行っていました。出会った2人は意気投合。その後に猿橋さんと出会ったことで熊本の子どもたちを沖縄のキャンプに連れて行こうと決意し、渡航費用を工面するため、ツンさんは動き始めました。
 
「有名な漫画家さんなどにデザインをお願いをしてチャリティーTシャツを作ったら、国内のみならずシンガポールや中東の国の人たちも購入してくれました。それ以外でも、ユニフォームの提供やバスの無償レンタルなどで協力してくれる人たちも出てきて。正直最初は資金もなかなか集まらなかったので断念しようと思っていたんです。でも本当に多くの人たちの協力で沖縄に行けることになりました。まさにサッカーの絆です」
 
熊本の3つの学校から集まった子どもたちは沖縄に渡る当日、熊本空港で初対面。最初はやはり同じ学校の友達だけで固まっていたそうです。その壁を取り払うきっかけになったのは沖縄という土地だった、とツンさんは言います。
 
「最初は緊張していましたけど、日に日に笑顔が増えて、声も出て、最後は即席チームとは思えない試合ができていました。体格で圧倒的に勝るアメリカの子どもたち相手にもパスを回していけば通用するんだと気づいて。実際に互角に戦うこともできて自信になったみたいです。そういうこともみんなをひとつにしていったと思います」
 
そしてこのキャンプには、被災地からもう1チームが参加をしていました。東日本大震災で大きな被害を受けた女川町の公立中学校サッカー部です。
 
遡ること3年前、第1回目のサッカーキャンプ開催が決まり参加チームを募っていた時期、主催の猿橋さんは知り合いを伝って女川中学校を訪問しました。教頭先生や保護者の人たちに直接、参加の打診をするためです。学校に到着した猿橋さんは教頭先生たちを廊下で待つ間、壁に張られた子どもたちの俳句を読んでいました。しかしそこで、訪問したことを激しく後悔することに。
 
「書かれていたのは、頑張っていこうという前向きな内容じゃなくて、どれだけつらかったかという想いを吐露したものが多かったんです。それを見て自分はなんて浅はかだったんだと後悔しました。海であんなにもつらい想いをした子どもたちを海のある場所に呼ぼうとしてたんですから…。それで参加のお願いはやめよかと悩み、教頭先生たちにも正直にその想いを伝えました。“想いはわかりました。ただ子どもたちの意見を聞いてから決めさせてください”と教頭先生は仰り、そして数日後にもらった子どもたちからの最終返事は“行きたい”でした」
 
そして第1回目のキャンプは無事に終了。数日後、猿橋さんの下にこんな内容の手紙が届きました。
 
「震災以来、うちの息子は恐怖感から海に行けなくなっていました。海の話しもしていませんでした。でも沖縄から帰ってくると、これまで見せたことのないような柔らかな表情でこう言ったんです“海を克服することができたよ”。素晴らしい機会を与えてくださって本当にありがとうございました」
 
それ以来、毎年参加をしている女川中学校サッカー部にとってこのキャンプは、1年の中の大きな行事になっているとのことで、今回チームに同行した保護者も「このキャンプのために今月からまた積み立てを始めます。来年がまた楽しみです」と話してくれました。
 
キャンプの閉会式、チームのキャプテンは同年代の選手たちを前にこんなことを語ってくれました。
 
「あの地震で何もかもがなくなり、実際にうちでも4人が死んでしまいました。でもいろいろな人に支えられて、こうして好きなサッカーができています。あの経験がなかったら、こういう日々も当たり前に思ってしまっていたかもしれません。何万人もの人が亡くなった中で、こうして生きているということ、日々を過ごせているということ、あらためて感謝したいと思います」
 
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(沖縄の伝統漁船でのレース・ハーリー競争)
 
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(バブルサッカー)
 

■どれだけのつながりに発展したのかが「成功の形」

全プログラム終了後、国際フレンドリーサッカーキャンプ共同代表のふたりに「このキャンプの成功はどういう形か」という質問を投げかけてみました。
 
沖縄で旅行事業を展開する中村圭一郎さんは、言います。
 
「今すぐにじゃなくてもいいんです。将来いろいろな出会いがあったとき、振り返ってみたら、ああ、あの大会があったからかもねと思ってもらえたら成功ですかね。あとここで出会ったメンバーと再会してくれてたら最高に嬉しいです」
 
猿橋さんが思い描く成功の形も、中村さんと限りなく近いものでした。
 
「成功はどれだけの笑顔が生まれたのか。どれだけのつながりに発展したのか。出会いが再会に変わればいいなと思います」
 
2016年に公開された映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』。人間がより豊かに生きるためのユニークな社会システム、世界各国の数々の試みが紹介されるこのドキュメンタリー映画の中で、とても印象に残る話しがありました。
 
1週間の授業時間は20時間で、宿題はなし、でも学力は世界トップという北欧の国フィンランドの公立学校では、子どもでいられる期間は短いからこそ問題意識をもって自分で考えること、身体を動かすこと、学校後に友達と遊ぶことなど、あらゆることが大事ではないかと考えられています。でもそれは決して学力向上を目指しての試みではありませんでした。先生たちは当たり前のように“学校”についてこう言います。
 
「学校って幸せになる方法を見つける場所ですよね」
「学校以外の場所にも人生は山ほどありますから」
 
先生たちの視線は、学校を含めた子どもの人生という「全体」へと注がれています。豊かな人生という目的地へ向けての、学校という通過点でできること。そのマインドはきっと、大人には余裕を、子どもたちには安心感をもたらしているのではないでしょうか。
 
猿橋さんは最後に、すでに生まれたこんな成功の形を教えてくれました。
 
「去年の夏休み、うちの選手がこのキャンプで知り合った女川の選手の家に遊びに行って泊まらせてもらったらしいんですよ。しかも女川中学校の生徒としてマラソン大会に出場したり、サッカー部の練習試合にも参加して点も取ったみたいで。子どもたち同士でやり取りしていたみたいです。嬉しかったですね」
 
「でもだからこそ今の彼らにとって大切なのは、“ボールの蹴り方”ではなくて“ボールを蹴る想い”だと思うんですね。それを育んでいければ多様な人と出会うチャンスが生まれる。これから先も彼らの中でサッカーっていうものがずっとまたやりたくなるものであり続けてほしいです」
 
サッカーで幸せになる方法を見つける。でも、サッカー以外にも人生は山ほどある。
 
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