楽しまなければ勝てない~世界と闘う“こころ”のつくりかた

2018年5月31日

自分で好きなサッカーをやっているのに、なんであきらめるの?

■サッカーが好きでやってるのに、どうしてあきらめるの?

ゲームは、楽しむもの。遊びの一種であることが根幹にあります。
もうひとつは、競争して勝敗を争うもの。勝つために、選手は上達しようと思うわけです。

例えば、私は小学生への講義の際、彼らに尋ねます。

「めっちゃ真剣に頑張ってサッカーをやるのと、勝っても負けても別にいいやって手を抜いたときと、どっちのほうが楽しいと思う?楽しさが大きくなるかな?」

全国各地、どこへ出向こうが、小学生は全員同じように答えます。
「真剣なほう!」

そこで私はこんなふうに話します。

そうだよね。だったら、サッカーをゲームとして楽しもう。自分から進んで楽しもうね。
みんなさあ、お父さんやお母さん、コーチからも「最後まであきらめるな~」って言われたことがない?
でもさ、よく考えてみようよ。
好きなことを自分から進んでやるのに、なんであきらめるの?
スポーツの報道とかでさ「○○選手は最後まであきらめなかった」ってよく言ってるね。でも、それはスポーツをやったことがないとそう思うかもしれないけど、やっている人はわかってほしいな。だって、自分から進んで楽しもうとしているのに、なんであきらめるの?大好きなことを自分からやっているのに。おかしいよね。

とはいえ、子どもですから、練習で目の前の課題が難しかったりすると「もういいや」と投げ出してしまうこともあります。

ドイツのコーチは、そんな子を見かけると「君は今日、ここに自分からすすんでここに来たんじゃないの?」と問いかけます。

「うん。自分でやりたいと思って、来た」
へえ。それなのに、あきらめちゃうんだ――。
コーチはそこまでにとどめます。「好きなのをあきらめるなんておかしいぞ」なんて言いません。
へえ。ふーん。そうなんだ。あきらめるんだ。

すると、子どもは考えだします。その日すぐにではないかもしれませんが、考え始めるのです。

次回も「こころを育てる」たくさんのヒントをお届けしますのでお楽しみに。

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高橋正紀(たかはし・まさのり)

1963年、神奈川県出身。筑波大学体育専門学群ではサッカー部。同大学大学院でスポーツ哲学を専攻。ドイツ国立ケルンスポーツ大学大学院留学中に考察を開始した「スポーツマンのこころ」の有効性をスポーツ精神医学領域の研究で実証し、医学博士号を取得。岐阜経済大学経営学部教授及び副学長を務めながら、講演等を継続。聴講者はのべ5万人に及ぶ。同大サッカー部総監督でもあり、Jリーガーを輩出している。
Jリーグマッチコミッショナー、岐阜県サッカー協会インストラクター、NPO法人バルシューレジャパン理事等を務める。主な資格は、日本サッカー協会公認A級コーチ、レクリエーションインストラクター、障害者スポーツ指導員中級など。

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